李衛公問対 / 卷中
卒未親附而罰之,則不服;已親附而罰不行,則不可用。
書き下し
卒未だ親附せざるに之を罰すれば、則ち服せず。已に親附するも罰行われざれば、則ち用うべからず。
現代語訳
兵士たちがまだ心から懐いていないうちに罰すれば、彼らは心服しない。すでに懐いているのに罰を行わなければ、その兵を用いることはできない。
解説
信頼関係の有無が規律の効き方を左右するという指摘である。まだ心が通っていない相手に厳しさだけをぶつければ反発を招き、逆に十分に関係ができているのに甘さで済ませれば規律が緩み集団は機能しなくなる。新人への指導、家庭でのしつけ、部下との関係など、信頼の段階に応じて対応を変える必要がある場面は多い。大切なのは信頼と規律のどちらか一方ではなく、関係の深まりに応じて両者の配分を調整する感覚である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
信頼規律統率
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論語・衛霊公篇子曰わく、身をもって厚くし、人を責むること薄ければ、すなわち怨み遠し。
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『新論』國體中或ひと曰く、末をして強を養はしめば、恐らくは尾大の患を生ぜんと。臣謂へらく、英雄の天下を用ゐるや、時を相て弛張す。羈絆を解脱して其の為さんと欲する所を縦にすと雖も、而も天下敢へて動揺せざる者は、其の襟胸恢廓にして、天下の変に処するに足り、紀綱振粛して、天下の死命を制するに足ればなり。今天下既に幕府の英断を知り、感憤激励す。孰か敢へて俯伏して命を奉ぜざらん。是に於て大いに赤心を推して、天下と其の休戚を同じくし、天下をして各々自ら其の強を養ふを得しめば、天下豈に奔走して令に趨かざる者有らんや。万一兇頑桀驁にして強を恃み命を拒む者有らば、則ち天下の忠義の士を率ゐて、以て之を征討せば、一指揮して定むべきなり。且つ夫れ所謂強を国邑に養ふとは、豈に必ずしも尽く旧制を革め都城を空しくして皆之を遣はし帰すの謂ならんや。前賢往々兵は宜しく土着すべしと論ず。其の見卓なりと雖も、而も郡県の制を以て封建の勢を論ず。未だ施行すべからざる者有り。臣別に見る所有り、今未だ具に論ぜず。
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呂氏春秋・論威③凡そ軍は其の衆きを欲し、心は其の一なるを欲す。三軍心を一にすれば、則ち令、敵無からしむ可し。令能く敵無き者は、其の兵の天下に於けるや、亦た敵無し。古の至兵、民の令を重んずること、天下より重く、天子より貴し。其の民心に藏せられ、肌膚に捷するや、深痛執固にして、搖蕩す可からず、物の之を能く動かすもの莫し。此の若ければ則ち敵胡ぞ勝つに足らん。故に曰く、其の令彊き者は其の敵弱く、其の令信なる者は其の敵詘す、と。先づ之に此に勝てば、則ち必ず之に彼に勝つ。
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『長短経』禁令孫子曰く「卒未だ専ら親しまずして之を罰すれば、則ち服せず。服せざれば則ち用い難し。卒已に専ら親しみて罰行われざれば、則ち用うべからず。故に曰く、卒を視ること嬰児の如し、故に之と深渓に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使うこと能わず、愛して令すること能わず、乱れて理むることを知らざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり」と。経に曰く「兵は賞を以て表と為し、罰を以て裏と為す」と。又た曰く「之に令するに文を以てし〔文は恵なり〕、之を斉うるに武を以てす〔武は法なり〕。是れ必ず取ると謂う」と。故に武侯の軍禁に七有り。〔孫子曰く「無法の懸、無政の令」と。司馬法に曰く「敵を見て誓いを作し、功を贍て賞を作す」と。此れ蓋し囲急の時、格するに常制を以てすべからず。其の敵国の理戎、中野に周旋するは、機要綱目、予め令せざるを得ず。〕一に曰く軽、二に曰く慢、三に曰く盗、四に曰く欺、五に曰く背、六に曰く乱、七に曰く誤。此れ軍を治むるの禁なり。
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『韓非子』難三第三十八桓公能く管仲の功を用いて、鉤を射るの怨みを忘る。文公能く寺人の言を聴きて、祛を斬るの罪を棄つ。... 是れ臣讎するに、而も明燭すこと能わず、多く之に資を假すに、自ら以て賢と為して戒めず。
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尚書・牧誓時れ甲子の昧爽、王朝に商の郊の牧野に至り、乃ち誓ふ。王左に黄鉞(こうえつ)を杖つき、右に白旄(はくぼう)を秉(と)りて以て麾(さしまね)きて、曰く、「逖(とほ)いかな西土の人。」王曰く、「嗟(ああ)、我が友邦の冢君、御事・司徒・司馬・司空・亜・旅・師氏・千夫長・百夫長、及び庸・蜀・羌・髳(ぼう)・微・盧・彭・濮の人、爾の戈を称げ、爾の干を比(なら)べ、爾の矛を立てよ、予其れ誓はん。」王曰く、「古人言へる有り、『牝雞は晨(あした)すること無し。牝雞の晨するは、惟れ家の索(つ)くるなり』と。今商王受、惟れ婦の言を是れ用ふ。昏(くら)くして厥の肆祀を棄てて、答へず。昏くして厥の遺王父母弟を弃てて、迪(みちび)かず。乃ち惟れ四方の多罪逋逃(ほとう)、是れ崇び是れ長じ、是れ信じ是れ使ひ、是れ以て大夫卿士と為し、百姓に暴虐し、以て商邑に姦宄せしむ。今予発、惟れ恭しく天の罰を行ふ。今日の事、六歩・七歩に愆(す)ぎずして、乃ち止まりて斉(ととの)へよ。夫子勖(つと)めよや。四伐・五伐・六伐・七伐に愆ぎずして、乃ち止まりて斉へよ。勖めよや夫子。尚はくは桓桓として、虎の如く、貔(ひ)の如く、熊の如く、羆(ひ)の如く、商の郊に于いてせよ。克く奔るものを御(ふせ)ぐこと弗く、以て西土に役せしめよ。勖めよや夫子。爾の勖めざる所は、其れ爾の躬に于いて戮有らん。」