新論 / 國體中
夫既盡天下膏血、以養武士、武士所聚、貨財亦聚焉、貨財所聚、商賈亦聚焉、商賈趨時好逐花利、珍怪奇異莫不備、所以使猛將勇士忘戰伐樂升平者、雖固宜如是、而至其流弊、則僭奢成風、觸情從欲、不知禮義、故富而無敎、則驕淫蕩佚、無所不至、是以富溢生貧、貧與弱相依、貧而奢則慮營生、慮營生則顧貨財、顧貨財則見利忘義、是以上下交征利、無復廉恥、國無廉恥、則天下無生氣、而弱形見矣、
新字:夫既尽天下膏血、以養武士、武士所聚、貨財亦聚焉、貨財所聚、商賈亦聚焉、商賈趨時好逐花利、珍怪奇異莫不備、所以使猛将勇士忘戦伐楽升平者、雖固宜如是、而至其流弊、則僭奢成風、触情従欲、不知礼義、故富而無教、則驕淫蕩佚、無所不至、是以富溢生貧、貧与弱相依、貧而奢則慮営生、慮営生則顧貨財、顧貨財則見利忘義、是以上下交征利、無復廉恥、国無廉恥、則天下無生気、而弱形見矣、
書き下し
夫れ既に天下の膏血を尽くして、以て武士を養ふ。武士の聚まる所、貨財も亦聚まり、貨財の聚まる所、商賈も亦聚まる。商賈は時好に趨き花利を逐ひ、珍怪奇異備はらざる莫し。猛将勇士をして戦伐を忘れ升平を楽しましむる所以の者、固より宜しく是の如くなるべしと雖も、其の流弊に至りては、則ち僭奢風を成し、情に触れ欲に従ひ、礼義を知らず。故に富みて教無ければ、則ち驕淫蕩佚、至らざる所無し。是を以て富溢れて貧を生じ、貧と弱と相依る。貧にして奢れば則ち生を営むことを慮り、生を営むことを慮れば則ち貨財を顧み、貨財を顧みれば則ち利を見て義を忘る。是を以て上下交々利を征り、復た廉恥無し。国に廉恥無ければ、則ち天下に生気無くして、弱形見る。
現代語訳
そもそも天下の膏血(民の汗と脂)を絞り尽くして武士を養っている。武士が集まるところには財貨も集まり、財貨が集まるところには商人も集まる。商人は流行を追い、華やかな利益を求めるので、珍しく奇抜な品で揃わないものはない。猛将や勇士に戦を忘れさせ太平を楽しませるには、もとよりこうあってしかるべきかもしれないが、その弊害が広がると、身分を越えたぜいたくが風潮となり、感情のままに欲に従い、礼義を知らなくなる。だから富んでいても教えがなければ、驕り乱れ放蕩して、行き着かないところはない。こうして富があふれてかえって貧しさを生み、貧しさと弱さとが寄り添うようになる。貧しいのにぜいたくをすれば暮らしの心配をし、暮らしを心配すれば財貨に目を向け、財貨に目を向ければ利を見て義を忘れる。こうして上下がこぞって利を奪い合い、もはや廉恥の心がなくなる。国に廉恥がなければ天下に生気がなくなり、弱さが目に見える形で現れてくる。
解説
この章句が説くこと
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『新論』國體下凡そ天下の物偏重有れば、則ち其の軽からざる者も亦猶軽きがごとし。故に百物の偏重にして、貨幣の偏軽、百物の偏貴にして、米穀の偏賤なる、是れ其の勢の尤も見易き者なり。而して武士都会に聚処し、終歳用ゐる所、一毫と雖も市に資らざるを得ず。愈々賤き穀を以て、愈々軽き金に易へ、愈々軽き金を以て、愈々貴き物を償ふ。其の費固より給せず。而して其の養ふ所の倍卒も、亦皆奢侈に習ひ、養ふに薄俸を以てすべからず。陪卒を罷めて歳々奴隷を買ふ。(俚語に所謂年季なる者是れなり。)奴隷も亦奢り、亦多く之を畜ふを得ず。故に時に臨みて之を市井に傭ふ。市井も亦奢り、雇銭日に貴く、亦其の給し難きを患ふ。而して其の居家の冗費、妻妾の奉、玩好の用、日に一日より厚く、終歳の入、出づる所を償はず。富人に就きて乞貸し、習ひて以て俗を成す。邦を有ち土を有つと雖も、亦富民に仰給せざる莫し。豪姦大猾、貨財の権を操り、王公を股掌の上に愚弄す。是に於てか天下の富遂に市人に帰す。
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『新論』國體下古者百事簡易にして、四民勤動し、其の営求する所の者は、功を通じ事を易ふるに過ぎず。之を生ずること甚だ広くして、用途甚だ狭し。朝廷漸く奢靡を尚ぶに及び、国家の用を貶して、以て婦女の玩好に供し、異化の徒横肆して、天下の財を傾けて、以て堂宇を造り、天下の穀を糜して、以て浮冗を食はしむ。藤氏権を専らにして、権勢の家、私儲を営み私人を蓄へ、荘園天下に遍く、其の正税を出だして以て王事に供する者幾ばくも無し。而して権勢の私人、所謂守護地頭なる者、又財穀を私儲して富厚世を累ね、国郡に拠有して、天下の富遂に武人に移る。然れども兵なる者は民社を鎮むる所以なり。天下の武士各々私卒を養ふ、亦未だ冗食と為さず。故に古者天下乱ると雖も、而も未だ甚だしくは貧に苦しまざるなり。今天下治平にして、上下皇皇として、唯だ貧を是れ患ふる者は何ぞや。天下の財を理むること其の道を得ざればなり。
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『新論』守禦凡そ邦国の困しむ所は、糴糶の権商賈に在りて、仰ぎ給せざるを得ず。百需皆市に資りて、毎に物価の貴きを患ふ。歳時に幕府に献ずる所、其の国土の産する所を除くの外、魚蝦餌餅の属、多く市人の手より出づ。其の物たる、銅鉄鉛錫箭幹膠漆の実事に益有る者の比に非ずして、必ず賈豎の印封を待ちて、以て其の信を験す。騶従は必ず市井に雇ひて、之を前行に置き、宴飲は市人の刀匕を待ちて、然る後に其の歓を尽くす。他の宮室衣服婦女玩好に及ぶまで、凡そ奢侈の財を糜す所以の者、視て以て故常と為し、之を大名役と謂ふ。其の君相と雖も、謹んで旧習を守り、或は敢へて之を易へず。而して邦君皆其の国を空しくして、以て江戸に家し、天下の膏血を都下に鍾む。則ち其の民も亦た争ひて郷土を離れ、徙りて之に家す。野荒れ民散ず、国貧しからざるを得んや。今貧を転じて富と為さんと欲せば、固より習俗に拘るを得ず。俗以て廃すべからずと為して、廃せざるべからざる者有り、以て必ずしも興さずと為して、興さざるべからざる者有り。斟酌損益し、虚文を去りて実功に就く。亦た英雄の時を相て弛張する所以の権衡なり。
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『新論』國體下夫れ天下の米穀未だ嘗て多からざるなり。而して甚だ多きが如き者は、其の勢之をして然らしむるのみ。凡そ物散じて之を各所に蔵すれば、其の数多しと雖も、未だ其の甚だ多きを見ること有らず。聚めて之を一所に陳ぬれば、寡しと雖も亦猶多きがごとし。是れ自然の勢なり。故に一石の米を家に蔵するは、未だ以て多しと為すに足らざるも、万家にして之を鬻ぎ、万石を市に陳ぬれば、未だ嘗て視て以て夥しと為さずんばあらず。而して武士都城に聚処し、終歳の俸を尽くして、以て口腹に奉じ婦女を悦ばしめ、甲兵を繕ひ徒卒を養ふを得ず。故に米穀家に蔵せず、挙げて之を市に鬻ぐ。農民困乏して奢惰なるも、亦歳収を挙げて之を鬻ぐ。鬻ぐ所愈々多ければ、則ち米価愈々賤し。賤しければ則ち其の鬻ぐこと多からざるを得ず。之を鬻ぐこと愈々多くして、直を得ること旧に益さず。是を以て民流亡して地余り有り。地余り有りて租賦減ぜず。其の税其の鬻、一家の産を傾くと雖も、猶且つ足らず。故に之を鬻ぐこと日に多くして、天下の穀日に耗る。天下の穀日に耗りて、都会の穀日に盈つ。都会の盈つるを見れば、則ち天下の虚知るべきなり。
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『新論』國體中凡そ此れ皆兵を養ふ所以の道に非ず。古人の所謂養ふ所は用ゐる所に非ずといふ者にして、弱態備はれり。兵士に禄するは、素従卒を養ふ所以なり。而るに驕奢淫佚、自ら困弊を致し、養ふ所有るを得ず。約ね皆市井の間民を雇ひて、以て騶従に充つ。一旦事有らば、則ち厚禄の士も亦匹夫に異なる無し。而して天下の兵幾何ぞや。民既に過陪の税を出だして、以て兵士を養ふ。復た点じて兵と為すべからず。而して其の民為る者も、亦畏懦自棄して、或いは奮励する能はず、以て之を干戈に役すべからず。則ち通邑大都、世臣及び公卒の外、天下に復た所謂兵なる者有る無し。而して遐陬僻壌、将た何の兵を以て之を守らんとするか。今夫れ兵皆都城に聚処し、日に撃刺を学ぶ。都城中に就きて之を視れば、則ち衆きに似強きに似たるも、天下より之を視れば、地の守り有る者幾ばくも無し。其の寡弱為るや極まれり。
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『新論』國體下大廈崇甍、靡麗を窮極し、工商の徒、間民及び僧徒を仰ぎて以て自ら衣食する者も、亦尠からずと為す。乞丐の類、其の業を世々にし、以て子を抱き孫を長ずる者、天下其の幾何なるを知らず。博徒閭閻に横行するもの、又其の幾何なるを知らず。巫毉卜筮に仮りて、以て民を誑き財を要むる者、幾何なるを知らず。俳優雑劇、又幾何なるを知らず。其の冗も亦甚だし。而して天下の米穀を銷耗する所以の者、酒・餅餌・麺の類の若き、已に枚挙すべからず。米穀都会に雑遝し、四方より運輸して、火災の燬く所、波濤の没する所も、亦枚挙に勝へず。其の農功を妨ぐる所以の者、茶・蔫の若き、紅茜・蕉・梨の属の若きも、亦勝げて数ふべからず。夫れ浮食の民彼の如く其れ衆く、米穀を糜し農功を妨ぐること此の如く其れ夥しくして、年穀も亦甚だしくは豊穠ならず。然るに天下常に穀の多きに困しみ、粒米狼戻して、天下貧に困しむ者、亦異とすべきなり。
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