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柳子新論抄録 / 天民・実を失った職人と官の制度を求める

唯知錢貨可貴。而見利廢義。則商夫之權。上侮王公。下凌朝士。使工如奴隸。視農如臧獲。厚生之道亡矣。是無它。官無其制也。若夫工者。能制器物。以利天下之用者也。亦皆與商賈爭利。錐刀是競。則材皆麁惡。器皆窪窳。不日而成。不時而毀。唯欲其易售。不欲其堅緻。要非不能爲也。爲此則富。爲彼則貪故也。況在官局者。多養奴隸。稱爲弟子。彫琢刻鏤。一出他人之手而已。不能正一規矩。服美食旨。亢顏自稱大匠。實是一賈豎媒財者已。是亦有實者無名。有名者無實。而利逐名而入背實而出。夫誠如此乎。刺猴環葉。亦何益於養其身哉。故今之百工。即商賈之庸奴耳。何足以論工拙。利用之道壞矣。是無它。官無其制也。故今之民。身日勞日空。是以斷然乃謂。耕無益於食。織無益於衣。士亦曰學無益於身。業無益於家。乃廢其事。而奇邪之從。壽張之務。於是世之逐末者。何其多。而務本者。何其寡耶。古者有言曰。上之所好。下有甚焉者。先王察其如此。故貴德賤貨。以禁民邪慝。所以敎令明於上而風俗美於下也。今且須置官主職。抑末復本。奪尙賈之權與農工之業。而後士氣漸復。各樂其所爲。生則四民得其處。而天下居安矣。

新字:唯知銭貨可貴。而見利廃義。則商夫之権。上侮王公。下凌朝士。使工如奴隸。視農如臧獲。厚生之道亡矣。是無它。官無其制也。若夫工者。能制器物。以利天下之用者也。亦皆与商賈争利。錐刀是競。則材皆麁悪。器皆窪窳。不日而成。不時而毀。唯欲其易售。不欲其堅緻。要非不能為也。為此則富。為彼則貪故也。況在官局者。多養奴隸。称為弟子。彫琢刻鏤。一出他人之手而已。不能正一規矩。服美食旨。亢顔自称大匠。実是一賈豎媒財者已。是亦有実者無名。有名者無実。而利逐名而入背実而出。夫誠如此乎。刺猴環葉。亦何益於養其身哉。故今之百工。即商賈之庸奴耳。何足以論工拙。利用之道壊矣。是無它。官無其制也。故今之民。身日労日空。是以断然乃謂。耕無益於食。織無益於衣。士亦曰学無益於身。業無益於家。乃廃其事。而奇邪之従。寿張之務。於是世之逐末者。何其多。而務本者。何其寡耶。古者有言曰。上之所好。下有甚焉者。先王察其如此。故貴徳賤貨。以禁民邪慝。所以教令明於上而風俗美於下也。今且須置官主職。抑末復本。奪尚賈之権与農工之業。而後士気漸復。各楽其所為。生則四民得其処。而天下居安矣。

書き下し

唯だ錢貨の貴ぶべきを知りて、利を見て義を廢す。則ち商夫の權、上は王公を侮り、下は朝士を凌ぎ、工を使ふこと奴隸の如く、農を視ること臧獲の如し。厚生の道亡びぬ。是れ它無し、官に其の制無ければなり。若し夫れ工は、能く器物を制して、以て天下の用を利する者なり。亦皆商賈と利を爭ひ、錐刀を是れ競へば、則ち材は皆麁惡、器は皆窪窳、日ならずして成り、時ならずして毀る。唯だ其の售れ易きを欲して、其の堅緻を欲せず。要は能はざるに非ざるなり。此を爲せば則ち富み、彼を爲せば則ち貪しきが故なり。況んや官局に在る者は、多く奴隸を養ひ、稱して弟子と爲し、彫琢刻鏤は、一に他人の手に出づるのみ。一規矩をも正す能はず、美食旨きに服して、顏を亢げて自ら大匠と稱す。實は是れ一賈豎の財を媒する者のみ。是れ亦實有る者は名無く、名有る者は實無く、而して利は名を逐ひて入り、實に背きて出づ。夫れ誠に此くの如くならんか。猴を刺し葉に環らすも、亦何ぞ其の身を養ふに益あらんや。故に今の百工は、即ち商賈の庸奴のみ。何ぞ以て工拙を論ずるに足らん。利用の道壞れぬ。是れ它無し、官に其の制無ければなり。故に今の民は、身日に勞して日に空し。是を以て斷然として乃ち謂ふ、耕すも食に益無く、織るも衣に益無しと。士も亦曰く、學ぶも身に益無く、業も家に益無しと。乃ち其の事を廢して、奇邪を之れ從ひ、壽張を之れ務む。是に於いて世の末を逐ふ者、何ぞ其れ多く、本を務むる者、何ぞ其れ寡なきや。古者言有り曰く、上の好む所、下に甚だしき者有りと。先王は其の此くの如きを察す。故に德を貴び貨を賤しみ、以て民の邪慝を禁ず。敎令の上に明らかにして風俗の下に美しき所以なり。今且つ須く官を置き職を主らしめ、末を抑へ本に復し、賈を尙ぶの權を奪ひ、農工の業に與へ、而る後に士氣漸く復し、各おの其の爲す所を樂しみ、生きては四民其の處を得て、天下居安からん。

現代語訳

ただ金銭と財貨が貴いことだけを知り、利を見て義を捨てます。すると商人の権勢は、上は王公を侮り、下は朝廷の士を凌ぎ、工を奴隷のように使い、農を下僕のように見て、人々の暮らしを豊かにする道は亡びます。これは他でもなく、官にそれを正す制度がないからです。工は、器物をよく作って天下の用を助ける者です。ところがこれも商人と利を争い、わずかな利を競うので、材料は粗悪、器はゆがみ、日ならずして作り上げ、日ならずして壊れます。ただ売れやすさだけを望み、堅く精緻なことを望みません。要するに、できないのではなく、これを作れば儲かり、あれを作れば貧しくなるからです。まして官の工房にいる者は、多くの奴隷を養って弟子と呼び、彫刻や細工はすべて他人の手に任せているだけです。自分は一つの規矩(定規とコンパス)さえ正せず、うまいものを食べながら、顔を上げて自ら名匠と称します。実際は一人の商人の財を取り持つ者にすぎません。これも、実のある者には名がなく、名のある者には実がないということで、利は名について入り、実に背いて出ていきます。まことにこのようであるなら、猿を刺繍し葉に環を巡らせたような細工をしても、身を養うのに何の益があるでしょう。ですから今の多くの職人は、商人に雇われた下働きにすぎません。技の巧拙を論じるに足りず、器物を生かす道は壊れました。これは他でもなく、官にそれを正す制度がないからです。ですから今の民は、身は日々働いても日々空しく、きっぱりと、耕しても食の足しにならず、織っても衣の足しにならないと言います。士もまた、学んでも身のためにならず、務めても家のためにならないと言います。そこでその事をやめて、よこしまな事に従い、人を欺く事に励みます。こうして世の中で末(商売)を追う者のなんと多く、本(農業・ものづくり)に務める者のなんと少ないことでしょう。昔の言葉に「上の者が好むことを、下の者はもっと激しく行う」とあります。先王はそれを察して、徳を貴び財貨を賤しみ、民のよこしまを防ぎました。教令が上に明らかで、風俗が下に美しい理由です。今こそ官を置いて職を主管させ、末を抑えて本に立ち返らせ、商を重んじる権を奪って農工の業に与え、その後に士の気風が回復し、それぞれが自分の務めを楽しみ、四民がそれぞれの居場所を得て、天下は安らかになるでしょう。

解説

ここでは、売れやすさだけを追って品質を落とす職人や、実を伴わずに名だけを誇る様子を批判し、官が制度で正すべきだと説いています。江戸中期の経済観にもとづく主張なので、そのまま現代に当てはめず、歴史的な論として読むのが適切です。ただ、名と実の食い違い、そして上が好むことを下が強めて真似するという指摘は、組織の実践に通じます。目先の売上だけでなく品質と信用を守る基準を示し、管理職が自らの行動で手本を示すことが問われます。

この章句が説くこと

柳子新論抄録山県大貳工品質名と実制度

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