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新論 / 國體下

古者百事簡易、四民勤動、其所以營求者、不過通功易事、生之甚廣、而用途甚狹、及 朝廷漸尚奢靡、而貶國家之用、以供婦女玩好、異化之徒横肆、而傾天下之財、以造堂宇、糜天下之穀、以食浮冗、藤氏專權、而權勢之家、營私儲蓄私人、莊園遍天下、其出正税以供王事者無幾也、而權勢私人、所謂守護地頭者、又私儲財穀富厚累世、據有國郡、而天下之富遂移於武人焉、然兵也者所以鎭民社、天下武士各養私卒、亦未爲冗食、故古者天下雖亂、而未甚苦於貧也、今天下治平、而上下皇皇、唯貧是患者何也、理天下之財不得其道也、

新字:古者百事簡易、四民勤動、其所以営求者、不過通功易事、生之甚広、而用途甚狭、及 朝廷漸尚奢靡、而貶国家之用、以供婦女玩好、異化之徒横肆、而傾天下之財、以造堂宇、糜天下之穀、以食浮冗、藤氏専権、而権勢之家、営私儲蓄私人、荘園遍天下、其出正税以供王事者無幾也、而権勢私人、所謂守護地頭者、又私儲財穀富厚累世、拠有国郡、而天下之富遂移於武人焉、然兵也者所以鎮民社、天下武士各養私卒、亦未為冗食、故古者天下雖乱、而未甚苦於貧也、今天下治平、而上下皇皇、唯貧是患者何也、理天下之財不得其道也、

書き下し

古者百事簡易にして、四民勤動し、其の営求する所の者は、功を通じ事を易ふるに過ぎず。之を生ずること甚だ広くして、用途甚だ狭し。朝廷漸く奢靡を尚ぶに及び、国家の用を貶して、以て婦女の玩好に供し、異化の徒横肆して、天下の財を傾けて、以て堂宇を造り、天下の穀を糜して、以て浮冗を食はしむ。藤氏権を専らにして、権勢の家、私儲を営み私人を蓄へ、荘園天下に遍く、其の正税を出だして以て王事に供する者幾ばくも無し。而して権勢の私人、所謂守護地頭なる者、又財穀を私儲して富厚世を累ね、国郡に拠有して、天下の富遂に武人に移る。然れども兵なる者は民社を鎮むる所以なり。天下の武士各々私卒を養ふ、亦未だ冗食と為さず。故に古者天下乱ると雖も、而も未だ甚だしくは貧に苦しまざるなり。今天下治平にして、上下皇皇として、唯だ貧を是れ患ふる者は何ぞや。天下の財を理むること其の道を得ざればなり。

現代語訳

古くは万事が簡素で、士農工商の四民はよく働き、求めるものといえば、互いの仕事の成果を融通し合う程度にすぎなかった。生産はきわめて広く、消費の道はきわめて狭かった。ところが朝廷がしだいにぜいたくを好むようになると、国家の費用を削って女性の慰みものに充て、異なる教えの徒(仏教)がほしいままにふるまって、天下の財を傾けて堂塔を造り、天下の穀物を費やして無用の者を養うようになった。藤原氏が権力を独占すると、権勢のある家は私的な蓄えを営み、私的な家来を抱え、荘園が天下にあまねく広がって、正規の税を出して朝廷の用に供する者はいくらもなくなった。そして権勢家の家来であった、いわゆる守護・地頭が、また財貨と穀物を私的に蓄えて代々富み栄え、国や郡を領有して、天下の富はついに武人に移った。しかし兵というものは民と社稷を鎮めるためのものであり、天下の武士がそれぞれ私兵を養っても、まだ無駄飯を食わせているわけではなかった。だから昔は天下が乱れても、それほど貧しさに苦しまなかった。いま天下は太平なのに、上も下もあわただしく、ただ貧しさばかりを憂えているのはなぜか。天下の財を治めるのに、その道を得ていないからである。

解説

正志斎は、生産が広く消費が狭かった古代から、朝廷の奢侈、寺院造営、藤原氏の荘園、守護・地頭の台頭を経て、富が武人に移った過程をたどる。乱世でも武士の私兵は民を守る役目を果たしていたから、まだ冗食ではなかったという評価が興味深い。そのうえで、太平の世に上下がこぞって貧に苦しむのは、財の治め方が道を得ていないからだと問題を立てる。仏教を浪費の源とする見方は正志斎の立場によるものである。現代でいえば、平時なのに資金繰りに追われる組織は、収入の多寡より支出の構造と財の流れを問うべきだという指摘として読める。

この章句が説くこと

経済財政奢侈富国荘園新論

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