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新論 / 國體下

夫天下之米穀未嘗多也、而如甚多者、其勢使之然耳、凡物散而藏之各所、其數雖多、未有見其甚多、聚而陳之一所、雖寡亦猶多、是自然之勢也、故藏一石米於家、未足以爲多、萬家而鬻之、陳萬石於市、未嘗不視以爲夥、而武士聚處都城、盡終歳之俸、以奉口腹悦婦女、不得繕甲兵養徒卒、故米穀不藏於家、擧而鬻之市、農民困乏而奢惰、亦擧歳收而鬻之、所鬻愈多、則米價愈賤、賤則其鬻不得不多、鬻之愈多、而得直不益於舊、是以民流亡而地有餘、地有餘而租賦不減、其税其鬻、雖傾一家之産、猶且不足、故鬻之日多、而天下之穀日耗、天下之穀日耗、而都會之穀日盈、見都會之盈、則天下之虚可知也、

新字:夫天下之米穀未嘗多也、而如甚多者、其勢使之然耳、凡物散而蔵之各所、其数雖多、未有見其甚多、聚而陳之一所、雖寡亦猶多、是自然之勢也、故蔵一石米於家、未足以為多、万家而鬻之、陳万石於市、未嘗不視以為夥、而武士聚処都城、尽終歳之俸、以奉口腹悦婦女、不得繕甲兵養徒卒、故米穀不蔵於家、挙而鬻之市、農民困乏而奢惰、亦挙歳収而鬻之、所鬻愈多、則米価愈賤、賤則其鬻不得不多、鬻之愈多、而得直不益於旧、是以民流亡而地有余、地有余而租賦不減、其税其鬻、雖傾一家之産、猶且不足、故鬻之日多、而天下之穀日耗、天下之穀日耗、而都会之穀日盈、見都会之盈、則天下之虚可知也、

書き下し

夫れ天下の米穀未だ嘗て多からざるなり。而して甚だ多きが如き者は、其の勢之をして然らしむるのみ。凡そ物散じて之を各所に蔵すれば、其の数多しと雖も、未だ其の甚だ多きを見ること有らず。聚めて之を一所に陳ぬれば、寡しと雖も亦猶多きがごとし。是れ自然の勢なり。故に一石の米を家に蔵するは、未だ以て多しと為すに足らざるも、万家にして之を鬻ぎ、万石を市に陳ぬれば、未だ嘗て視て以て夥しと為さずんばあらず。而して武士都城に聚処し、終歳の俸を尽くして、以て口腹に奉じ婦女を悦ばしめ、甲兵を繕ひ徒卒を養ふを得ず。故に米穀家に蔵せず、挙げて之を市に鬻ぐ。農民困乏して奢惰なるも、亦歳収を挙げて之を鬻ぐ。鬻ぐ所愈々多ければ、則ち米価愈々賤し。賤しければ則ち其の鬻ぐこと多からざるを得ず。之を鬻ぐこと愈々多くして、直を得ること旧に益さず。是を以て民流亡して地余り有り。地余り有りて租賦減ぜず。其の税其の鬻、一家の産を傾くと雖も、猶且つ足らず。故に之を鬻ぐこと日に多くして、天下の穀日に耗る。天下の穀日に耗りて、都会の穀日に盈つ。都会の盈つるを見れば、則ち天下の虚知るべきなり。

現代語訳

そもそも天下の米穀は、これまで多かったことはない。それなのにひどく多いように見えるのは、形勢がそうさせているだけである。およそ物は、散らばって各所にしまわれていれば、数が多くてもひどく多いようには見えない。集めて一か所に並べれば、少なくてもやはり多いように見える。これは自然の勢いである。だから一石の米を家にしまっておいても多いとはいえないが、一万の家がそれを売りに出し、一万石を市場に並べれば、誰でもおびただしいと見ないわけにはいかない。ところが武士は城下に集まり住み、一年分の俸禄を使い尽くして口腹を満たし女性を喜ばせ、武具を整え従卒を養うことができない。だから米穀を家に蓄えず、すべて市場で売ってしまう。農民も困窮しながらぜいたくで怠惰なので、やはりその年の収穫をすべて売る。売るものが多くなるほど、米の値段はますます安くなる。安ければ多く売らざるをえない。売る量はいよいよ多くなるのに、得る代金は以前より増えない。こうして民は離散して土地は余り、土地が余っても年貢は減らない。税を納め米を売るのに一家の財産を傾けても、なお足りない。だから売る量は日々多くなり、天下の穀物は日々減っていく。天下の穀物が日々減る一方で、都会の穀物は日々満ちていく。都会が満ちているのを見れば、天下が空っぽであることがわかる。

解説

前段の「米余りなのに貧しい」という逆説を、正志斎は流通の構造から解く。米は実際には多くないが、武士も農民も手元に蓄えずすべて市場に売るから、一か所に集まって多く見える。売るほど米価は下がり、下がるほどさらに売らねばならない悪循環が起き、農民は離散し、土地が余っても年貢は減らない。「都会の盈つるを見れば天下の虚知るべし」の一句は、都市の繁栄の裏にある地方の疲弊を突く。江戸後期の米価安の分析である。現代でも、市場に物があふれる光景だけで豊かさを判断せず、蓄えと流れの偏りを見る視点として示唆に富む。

この章句が説くこと

経済米価流通蓄え農本新論

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