新論 / 國體中
古者藏兵器於神社、毎征戰必禮祭神祇、是雖 天子不敢以自專、而必受命於 天神也、是以民志一而其力不分、是 天神之兵也、及身毒法入 中國、而民志遂分、其敬戴 天神也不專、而其所以受命於天之意不明、兵專爲人事、一變也、源頼朝而後、鎌倉室町相繼而管轄天下兵馬、再變也、自古兵皆地着、及四海鼎沸、而豪傑離其土、客游四方、禍亂既平、天下之兵、各聚處都城、而土無兵、兵無土、三變也、此三者非特其制有變革、而其勢之大變者也、
新字:古者蔵兵器於神社、毎征戦必礼祭神祇、是雖 天子不敢以自専、而必受命於 天神也、是以民志一而其力不分、是 天神之兵也、及身毒法入 中国、而民志遂分、其敬戴 天神也不専、而其所以受命於天之意不明、兵専為人事、一変也、源頼朝而後、鎌倉室町相継而管轄天下兵馬、再変也、自古兵皆地着、及四海鼎沸、而豪傑離其土、客游四方、禍乱既平、天下之兵、各聚処都城、而土無兵、兵無土、三変也、此三者非特其制有変革、而其勢之大変者也、
書き下し
古者兵器を神社に蔵し、征戦する毎に必ず神祇を礼祭す。是れ天子と雖も敢へて以て自ら専らにせず、而して必ず命を天神に受くるなり。是を以て民志一にして其の力分かれず。是れ天神の兵なり。身毒の法中国に入るに及びて、民志遂に分かれ、其の天神を敬戴するや専らならずして、其の命を天に受くる所以の意明らかならず。兵専ら人事と為る。一変なり。源頼朝よりして後、鎌倉・室町相継ぎて天下の兵馬を管轄す。再変なり。古より兵は皆地着なり。四海鼎沸するに及び、豪傑其の土を離れ、四方に客遊す。禍乱既に平らぎ、天下の兵、各々都城に聚処して、土に兵無く、兵に土無し。三変なり。此の三者は特に其の制に変革有るのみに非ずして、其の勢の大いに変ずる者なり。
現代語訳
古くは武器を神社に納め、出征のたびに必ず天神地祇を礼をもって祭った。これは天子であっても自分だけの判断で事を行わず、必ず天神から命を受けたということである。だから民の志は一つで、その力は分散しなかった。これが天神の兵である。インド(身毒)の法、すなわち仏教が我が国に入ると、民の志は分かれ、天神を敬い戴くことが一途でなくなり、命を天から受けるという意味が明らかでなくなった。兵はもっぱら人間の事柄となった。これが第一の変化である。源頼朝以後、鎌倉・室町の幕府が相次いで天下の兵馬を統轄した。これが第二の変化である。昔から兵はみな土地に根づいていた。天下が沸き返るように乱れると、豪傑たちは自分の土地を離れて四方を渡り歩いた。戦乱が収まると、天下の兵はそれぞれ城下町に集まり住み、土地には兵がなく、兵には土地がなくなった。これが第三の変化である。この三つは単に制度が改まったというだけでなく、形勢そのものが大きく変わったものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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論語・八佾篇子曰く、『禘は既に灌より往くもの、吾これを観るを欲せざるなり。』
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