新論 / 國體中
爾後百餘年、雖世道漸汚、而迨 桓武 嵯峨朝、遂平陸奥賊、蝦夷屛跡海外、則猶未以爲衰弱也、夫攘除寇賊、開拓土宇者、 天祖之所以貽孫謀、而 天孫之所以繼述 天祖也、故祭 皇太神祝詞有稱、 神明之所照臨、窮天極地、狹者俾廣、險者俾平、遠者如以八十綱牽之、是所以禱皇化之日被四表、而 天朝建國尚武之意亦可見也、
新字:爾後百余年、雖世道漸汚、而迨 桓武 嵯峨朝、遂平陸奥賊、蝦夷屛跡海外、則猶未以為衰弱也、夫攘除寇賊、開拓土宇者、 天祖之所以貽孫謀、而 天孫之所以継述 天祖也、故祭 皇太神祝詞有称、 神明之所照臨、窮天極地、狭者俾広、険者俾平、遠者如以八十綱牽之、是所以祷皇化之日被四表、而 天朝建国尚武之意亦可見也、
書き下し
爾後百余年、世道漸く汚ると雖も、桓武・嵯峨の朝に迨び、遂に陸奥の賊を平げ、蝦夷跡を海外に屏く。則ち猶未だ以て衰弱と為さざるなり。夫れ寇賊を攘除し、土宇を開拓するは、天祖の孫謀を貽したまふ所以にして、天孫の天祖を継述したまふ所以なり。故に皇太神を祭る祝詞に称する有り、「神明の照臨したまふ所、天を窮め地を極め、狭き者は広からしめ、険しき者は平らかならしめ、遠き者は八十綱を以て之を牽くが如し」と。是れ皇化の日に四表に被らんことを禱る所以にして、天朝建国尚武の意も亦見るべきなり。
現代語訳
その後百年余り、世の中はしだいに乱れたが、桓武・嵯峨の天皇の御代になって、ついに陸奥の賊を平定し、蝦夷は海の外へ退いた。だから、まだ衰弱したとはいえなかったのである。そもそも敵や賊を打ち払い、国土を切り開くことは、天祖が子孫のために遺された計画であり、天孫が天祖の志を受け継がれたことである。それゆえ皇太神(天照大神)を祭る祝詞に、「神の照らし臨まれるところは、天の果て地の果てまで、狭いところは広くし、険しいところは平らかにし、遠いところは多くの綱で引き寄せるようにする」とある。これは天皇の教化が日々四方の果てまで及ぶよう祈るものであり、我が朝廷が国を建て武を尊んだ意図もまた見て取れる。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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