新論 / 國體上
今夷虜包藏禍心、日窺伺邊陲、而邪説之害稔於内、百端無窮如此、養夷狄於 中國、天下嗷嗷、民有淫朋、人有比德、擧而大觀之、果爲 中國耶、明淸耶、將身毒耶、抑西洋耶、國之爲體其何如也、夫四體不具、不可以爲人、國而無體何以爲國也、而論者方言富國強兵、守邊之要務、今虜乘民心之無主、陰誘邊民、暗移之心、民心一移、則未戰而天下既爲夷虜之有、所謂富強者、既非我有、而適足以借賊兵齎盗糧耳、勞心竭慮、富強其國、一旦擧以資寇賊、亦可惜也、苟稍辨事體者、誰不扼腕切齒共憤之乎、今 幕府斷然明令天下、嚴禁邊民接濟、不使黠虜得肆煽惑吾民、而令布一日、天下無智愚、莫不知黠虜狡謀詭計可惡可醜、天下人心之不可磨滅如此、
新字:今夷虜包蔵禍心、日窺伺辺陲、而邪説之害稔於内、百端無窮如此、養夷狄於 中国、天下嗷嗷、民有淫朋、人有比徳、挙而大観之、果為 中国耶、明清耶、将身毒耶、抑西洋耶、国之為体其何如也、夫四体不具、不可以為人、国而無体何以為国也、而論者方言富国強兵、守辺之要務、今虜乗民心之無主、陰誘辺民、暗移之心、民心一移、則未戦而天下既為夷虜之有、所謂富強者、既非我有、而適足以借賊兵齎盗糧耳、労心竭慮、富強其国、一旦挙以資寇賊、亦可惜也、苟稍弁事体者、誰不扼腕切歯共憤之乎、今 幕府断然明令天下、厳禁辺民接済、不使黠虜得肆煽惑吾民、而令布一日、天下無智愚、莫不知黠虜狡謀詭計可悪可醜、天下人心之不可磨滅如此、
書き下し
今夷虜禍心を包蔵し、日に辺陲を窺伺して、邪説の害内に稔ること、百端窮まり無きこと此の如し。夷狄を中国に養ひ、天下嗷嗷として、民に淫朋有り、人に比徳有り。挙げて之を大観すれば、果たして中国と為すか、明清か、将た身毒か、抑も西洋か。国の体為る、其れ何如ぞや。夫れ四体具はらざれば、以て人と為すべからず。国にして体無くんば、何を以て国と為さんや。而るに論者方に富国強兵、守辺の要務を言ふ。今虜民心の主無きに乗じて、陰に辺民を誘ひ、暗に之が心を移す。民心一たび移らば、則ち未だ戦はずして天下既に夷虜の有と為る。所謂富強なる者、既に我が有に非ずして、適に以て賊に兵を借し盗に糧を齎すに足るのみ。心を労し慮りを竭くして、其の国を富強にし、一旦挙げて以て寇賊に資す。亦惜しむべきなり。苟も稍事体を弁ずる者は、誰か扼腕切歯して共に之を憤らざらんや。今幕府断然として天下に明令し、辺民の接済を厳禁し、黠虜をして肆に吾が民を煽惑するを得ざらしむ。而して令布くこと一日にして、天下智愚と無く、黠虜の狡謀詭計の悪むべく醜むべきを知らざる莫し。天下人心の磨滅すべからざること此の如し。
現代語訳
いま夷狄は禍心を抱いて日々辺境をうかがい、邪説の害は国内に熟して、その現れは数えきれないほどである。夷狄を国内に養っているようなもので、天下は騒がしく、民は悪い仲間と群れ、人々は私的に徒党を組んでいる。全体を見渡したとき、これははたして我が国なのか、明や清なのか、インド(身毒)なのか、それとも西洋なのか。国の体(国体)はいったいどうなっているのか。そもそも手足がそろわなければ人とはいえない。国に体がなければ、どうして国といえよう。それなのに論者は、いまさら富国強兵や辺境防備こそ急務だと言う。いま夷狄は民心に拠り所がないのにつけこみ、ひそかに辺境の民を誘って、知らぬ間にその心を移そうとしている。民心がひとたび移れば、戦う前に天下はもう夷狄のものになってしまう。そうなれば富強といっても我が物ではなく、賊に武器を貸し盗人に食糧を届けることになるだけだ。心を砕き思慮を尽くして国を富強にしても、一朝にしてそっくり敵に差し出すとは、なんとも惜しいことではないか。少しでも物事の道理をわきまえる者なら、誰が腕を握り歯ぎしりして共に憤らずにいられよう。いま幕府は断固として天下に命令を出し、辺境の民が異国船に物資を与えることを厳しく禁じ、ずる賢い夷狄がほしいままに我が民を扇動できないようにした。命令が出されるや一日にして、天下の賢愚を問わず、夷狄の悪だくみが憎むべく醜いものだと知らない者はいなくなった。天下の人心が消え去ることのないのは、このとおりである。
解説
この章句が説くこと
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『新論』國體中論者徒に治強の跡を見て、衰弱の勢を忘れ、頑然として視ること猶文禄・慶長の旧のごとし。何ぞ其れ惑へるや。今虜は犬羊の性、与に長短を較ぶるに足らずと雖も、而も其の俗残忍にして、日に干戈を尋ね、勢、其の民を愚弱にして以て自ら国を立つるを得ず。故に闔国皆籍して兵と為すべく、又海外の諸蛮を徴役す。未だ侮りて以て寡と為すべからざるなり。各国戦争し、民兵に習ふ。未だ侮りて以て弱と為すべからざるなり。妖教を用ゐて以て其の民を誘ひ、民心皆一にして、以て戦ふに足る。巨艦大砲は固より其の長技にして、以て人を嚇すに足る。是に由りて毎に海上に雄視し、其の呑噬を逞しくす。未だ侮りて以て愚と為すべからざるなり。而して今之に応ぜんと欲するに、豈に徒に自ら愚にし自ら弱くするの余謀を恃み、安坐高枕して変通する所無かるべけんや。民を愚にし兵を弱くするは、治を為すの奇策なりと雖も、而も利の在る所、弊も亦之に随ふ。之を矯めざるを得ず。今幕府の議、既に虜を擯くに決す。則ち寡を転じて衆と為し、弱を更めて強と為すは、其の勢の已むを得べからざる者なり。
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『新論』長計若し夫れ繆りて西夷の妄説を聴き、称揚眩惑して、以て黠虜の逆焔を助長する者は、則ち宜しく痛く之を禁絶すべきのみ。或いは禁を犯す者有らば、処するに造言乱民の刑を以てし、而して蛮貨・蛮薬及び羶罽の属を見れば、必ず焚燬破裂して、服用を許さず、民をして戎狄を賤しむこと犬羊の如く、之を悪むこと豺狼の如くならしむ。(天平中の詔に、百姓に異端を学習し、幻術を蓄積し、厭魅呪咀して、百物を害傷する者有らば、首は斬、従は流。如し山林に停住し、佯りて仏法を道ひ、自ら教化を作し、伝習授業し、書符を封印し、薬を合せ毒を造り、万方怪を作し、勅禁に違犯する者有らば、罪も亦此くの如しと。古昔異左を禁絶すること是くの如し。民をして方を知らしむる所以の者固より宜しく然るべきなり。今若し武を揚げ蛮を遏め、声教既に曁び、百蛮臣と称し貢を奉ずれば、然る後に其の物を取りて之を用ふるも、亦未だ不可と為さざるなり。)接済の姦を告ぐる者は、敵首を得ると賞を同じくし、匿して発せざる者は、盗を舎匿すると罪を同じくし、邦国能く虜艦を破る者は、功敵塁を陥るると均しくし、虜を見て撃たざる者は、論ずるに逗撓を以てす。此れ皆一時の権衡なるも、亦臣民をして激発興起して光訓を敬奉せしむるに足らん。而して大いに守禦の備を修め、慨然として天下に示すに大憂を以てし、赤心を推し至誠を開き、一憂一楽、必ず天下と之を同じくせば、庶はくは是を以て天下を鼓動せん。
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『新論』國體上夫れ英雄の天下を鼓舞するや、唯民の動かざるを恐れ、庸人の一時を糊塗するや、唯民の或は動くを恐る。故に務めて昇平を粉飾し、虜をして眼前に陸梁せしむるも、猶ほ称して漁商と為し、上下相蒙蔽して、適に以て寇を玩び禍を畜ふるに足る。而して高拱端睨し、糊塗して自ら智とし、将に相率ゐて自ら不測の淵に趣かんとす。亦憫むべきなり。苟くも稍心性智識を存する者は、誰か声を呑みて窃かに之を嘆ぜざらんや。今幕府断然として天下に明令し、虜を見れば必ず之を摧かしめ、公然として天下と之を同仇す。而して令布くこと一日、天下智愚と無く、臂を攘ひて令に趨かんと欲せざるは莫し。天下人心の磨滅すべからざること此くの如し。夫れ方今天下に封建の勢有る者は、固より太祖の治を制する所以なり。東照宮の忠孝を以て基を立つる者は、天祖の彝訓を垂るる所以なり。苟くも能く人心の磨滅すべからざる者に因りて、之が規制を立て、神聖の天下を経綸する所以の意に原づき、土地を経し人民を制し、君臣の義を正し、父子の親を敦くし、天下を範囲して、以て一身と為さば、豈甚だ為し難からんや。此れ乃ち千載の一時、必ず失ふべからざるの機なり。臣是を以て弊の宜しく革むべき者を審かにせんと欲して、時勢の変に眷眷たらざるを得ざるなり。
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『新論』國體上故に祖宗の訓、巫覡に乱れ、仏に変じ、陋儒俗学に微へ、左右の言説、民心を滅裂して、君臣の義・父子の親は、則ち漠然として之を度外に置く。天人の大道、果たして悪くにか在る。然れども往時民聴を乱す所の者は、其の極も境内の奇衺の民と為るに過ぎざるのみ。西荒の戎虜に至りては、則ち各国邪穌の法を奉じて、以て諸国を呑併し、至る所祠宇を焚燬し、人民を誣罔し、以て其の国土を侵奪す。其の志、尽く人の君を臣とし人の民を役するに非ざれば則ち慊らざるなり。其の益々猖桀なるに及び、既に呂宋・瓜哇を傾覆し、遂に神州に朶頤し、嘗て西辺を煽動し、呂宋・瓜哇に加ふる所以の者を以て之を神州に加へんと欲す。其の邪説の民聴を乱す所以の者、豈に特に境内の奇衺の民と為すのみにして止まんや。幸ひにして明君賢佐其の姦を洞察し、誅鋤夷滅して、復た焦類無く、邪頑の徒、種を中土に易ふるを得ざること、此に二百年、民をして妖夷の煽惑を免れしむ。其の徳沢為るや大なり。
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『新論』序論臣是を以て慷慨悲憤し、自ら已む能はず、敢へて国家の宜しく恃むべき所の者を陳ぶ。一に曰く国体、以て神聖の忠孝を以て国を建てしことを論じて、遂に其の武を尚び民命を重んずるの説に及ぶ。二に曰く形勢、以て四海万国の大勢を論ず。三に曰く虜情、以て戎狄覬覦の情実を論ず。四に曰く守禦、以て富国強兵の要務を論ず。五に曰く長計、以て化民成俗の遠図を論ず。是の五論は、皆天の定まりて復た人に勝つを祈る所以なり。臣の自ら誓ひて身を以て天地に殉ぜんとする者、大略此くの如し。
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『新論』虜情夫れ天未だ神州を棄てず、廟堂の議、幸ひに黠虜の狡謀を洞察し、厳に接済を禁じ、禍源を未流に塞ぎて、蹈像の意継ぐべし。諸侯をして虜を海上に拉かしめて、嚮に国法を以て鄂羅に喩す者、終に飾辞と為らず、威信立ちて三眼の威宣ぶべし。英略雄断、士気を奮ひ虜胆を破る所以の者、豈に偉ならずや。然り而して庸俗の論、猶未だ廟堂に深遠の慮有るを暁らず、乃ち謂ふ、黠虜は之を撫するに恩を以てすれば、則ち恭順馴服し、之を畏れしむるに威を以てすれば、則ち忿恚して変を生ずと。甚だしいかな頑を執り迷を守る者、暁すに幕府の令を以てすと雖も、其れ卒に喩すを得べからざるか。
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