新論 / 國體上
故 祖宗之訓、亂於巫覡、變於佛、微於陋儒俗學、左右言説、滅裂民心、而君臣之義父子之親者、則漠然置之於度外、天人之大道、果惡乎在也、然往時所亂民聽者、其極不過爲境内奇衺之民耳、至西荒戎虜、則各國奉邪穌之法、以呑併諸國、所至焚燬祠宇、誣罔人民、以侵奪其國土、其志非盡臣人之君役人之民則不慊也、及其益猖桀、既傾覆呂宋瓜哇、遂朶頤 神州、嘗煽動西邊、欲以所以加呂宋瓜哇者而加之 神州、其邪説之所以亂民聽者、豈特爲境内奇衺民而止哉、幸而 明君賢佐洞察其姦、誅鋤夷滅、無復焦類、邪頑之徒、不得易種 中土者、二百年於此、使民免於妖夷之煽惑、其爲德澤也大矣、
新字:故 祖宗之訓、乱於巫覡、変於仏、微於陋儒俗学、左右言説、滅裂民心、而君臣之義父子之親者、則漠然置之於度外、天人之大道、果悪乎在也、然往時所乱民聴者、其極不過為境内奇衺之民耳、至西荒戎虜、則各国奉邪穌之法、以呑併諸国、所至焚燬祠宇、誣罔人民、以侵奪其国土、其志非尽臣人之君役人之民則不慊也、及其益猖桀、既傾覆呂宋瓜哇、遂朶頤 神州、嘗煽動西辺、欲以所以加呂宋瓜哇者而加之 神州、其邪説之所以乱民聴者、豈特為境内奇衺民而止哉、幸而 明君賢佐洞察其姦、誅鋤夷滅、無復焦類、邪頑之徒、不得易種 中土者、二百年於此、使民免於妖夷之煽惑、其為徳沢也大矣、
書き下し
故に祖宗の訓、巫覡に乱れ、仏に変じ、陋儒俗学に微へ、左右の言説、民心を滅裂して、君臣の義・父子の親は、則ち漠然として之を度外に置く。天人の大道、果たして悪くにか在る。然れども往時民聴を乱す所の者は、其の極も境内の奇衺の民と為るに過ぎざるのみ。西荒の戎虜に至りては、則ち各国邪穌の法を奉じて、以て諸国を呑併し、至る所祠宇を焚燬し、人民を誣罔し、以て其の国土を侵奪す。其の志、尽く人の君を臣とし人の民を役するに非ざれば則ち慊らざるなり。其の益々猖桀なるに及び、既に呂宋・瓜哇を傾覆し、遂に神州に朶頤し、嘗て西辺を煽動し、呂宋・瓜哇に加ふる所以の者を以て之を神州に加へんと欲す。其の邪説の民聴を乱す所以の者、豈に特に境内の奇衺の民と為すのみにして止まんや。幸ひにして明君賢佐其の姦を洞察し、誅鋤夷滅して、復た焦類無く、邪頑の徒、種を中土に易ふるを得ざること、此に二百年、民をして妖夷の煽惑を免れしむ。其の徳沢為るや大なり。
現代語訳
こうして祖宗の教えは、巫覡(みこ・まじない師)によって乱れ、仏教によって変わり、見識の狭い儒者や俗学によって衰えた。あれこれの言説が民心をばらばらに引き裂き、君臣の義や父子の親しみは、関心の外に放り出されている。天と人を貫く大いなる道は、いったいどこにあるのか。とはいえ、かつて民の耳を惑わしたものは、せいぜい国内に怪しげな民を生む程度にとどまった。西方の夷狄となると話は違う。各国がキリスト教(邪穌の法)を奉じて諸国を併呑し、行く先々で社や堂を焼き払い、人民を欺いて、その国土を奪い取る。その志は、他国の君主をことごとく臣下とし、他国の民をことごとく使役しなければ満足しないのである。いよいよ勢いづくと、すでに呂宋(ルソン、フィリピン)や瓜哇(ジャワ)を倒し、ついに我が国をも狙って、かつて西国を煽動し、呂宋や瓜哇に加えたのと同じことを我が国に加えようとした。その邪説が民の耳を惑わすことは、どうして国内に怪しげな民を生む程度で済もうか。幸いにも賢明な君主と補佐の臣がその悪だくみを見抜き、根絶やしにして残るところなく、邪な者どもが我が国の民を入れ替えることができないまま二百年がたち、民は妖しい夷狄の扇動を免れた。その恩恵はまことに大きい。
解説
この章句が説くこと
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風憲忠告・臨難苐九夫れ人臣にして國家言責の任に當れば、刑辱の事、敢えてその無き有るを必とせず、要は順って處り靜かに伺い、理を以てこれを□するに在るのみ。若し乃ち哀を求め憐れみを乞い、惴讋(ずいしょう)して所無ければ、巳に先ず撓(たわ)む、何を以てか自ら眀(あき)らかにせん。夫れ已の職を盡くし、國の爲民の爲にして罪を得るは、君子は以て辱と為さず、以て榮と為す。縲紲(るいせつ)せらると雖も、荊楚せらると雖も、斧鉞せらると雖も、庸(なん)ぞ愧(は)ずること何かあらんや。歷(あまね)く自古(いにしえよ)り禍患に處して亂れざる者を觀るに、三代よりの下、子路の纓(えい)を結ぶが如き、宜僚(ぎりょう)の色を正すが如き、王景文の客と碁を弈(う)つが如き、劉禕(りゅうい)の自ら謝表を書すが如き、魏元忠の赦を聞きて動ぜざるが如き、是れ皆真に義命の在る所を知る有るを以てなり、區區(くく)たる人力の得て移す所に非ざるなり。然れども士君子平昔(へいせき)飬う所、其の情と偽と、焉(ここ)に於いて以て見るべし。李斯刑に臨みて父子相泣き、楊子雲(揚子雲)收(とら)えられて□閣ほとんど死せんとし、王坦之謝安と名を齊しくするも、桓溫朝に來たるや倒(さかしま)に手板を執り、崔浩自ら子房に比するも、史事を辨ずるが為に聲嘶(か)れ股栗(こりつ)し、便溺(べんでき)隱すこと能わず。此れ彼れ惟だ名を事とするのみにして、聖賢性命の學に於いては實に未だ甞て諸(これ)を心に淂(え)ざりしを見るべし。善いかな、韓文公の言に曰く、「儒者の患難に於けるや、苟しくも其れ自らこれを取るに非ざれば、其の拒みて懷に受けざるや、河堤を築きて以て屋霤(おくりゅう)を障(ふせ)ぐが若し。其の容れてこれを消すや、水の海に於ける、氷の夏日に於けるが若し。其の玩びてこれを文辭を以て忘るるや、金石を奏でて以て蟋蟀(しっしゅつ)の鳴くを破るが若し」と。故に君子の學は、理を眀らかにし自ら信ずるを以て貴しと為す。
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