新論 / 國體上
〈令云、凡僧尼上觀玄象、假説災祥、語及國家、妖惑百姓、幷習讀兵書、殺人奸盗、及詐稱得聖道、並附官司科罪、別立道場聚衆敎化、妄説罪福、官司知而不禁止者、依律科罪、僧尼卜相吉凶、及小道巫術療病者、飲酒醉亂、及與人鬪打者、皆還俗、將三寶物餉遺官人、若合稱朋黨、擾亂徒衆、作音樂博戯者、服用綾羅錦綺者、僧房停婦女、尼房停男夫者、阿黨朋扇、浪擧無德者、使俗人歴門敎化者、皆苦使有日數、凡僧尼不得私畜園宅財物、及興販出息、凡如是之類、其所以設禁防以使保身體免罪戻者、不一而足、如能使僧尼謹守律令、從佛家之法、則樹下石上、樂以沒齒亦可也、但其不奉邦憲是以其害至此而已、〉
新字:〈令云、凡僧尼上観玄象、仮説災祥、語及国家、妖惑百姓、幷習読兵書、殺人奸盗、及詐称得聖道、並附官司科罪、別立道場聚衆教化、妄説罪福、官司知而不禁止者、依律科罪、僧尼卜相吉凶、及小道巫術療病者、飲酒酔乱、及与人闘打者、皆還俗、将三宝物餉遺官人、若合称朋党、擾乱徒衆、作音楽博戯者、服用綾羅錦綺者、僧房停婦女、尼房停男夫者、阿党朋扇、浪挙無徳者、使俗人歴門教化者、皆苦使有日数、凡僧尼不得私畜園宅財物、及興販出息、凡如是之類、其所以設禁防以使保身体免罪戻者、不一而足、如能使僧尼謹守律令、従仏家之法、則樹下石上、楽以没歯亦可也、但其不奉邦憲是以其害至此而已、〉
書き下し
(令に云ふ、「凡そ僧尼、上玄象を観て、仮りに災祥を説き、語国家に及びて、百姓を妖惑し、并せて兵書を習読し、殺人奸盗し、及び詐りて聖道を得たりと称するは、並びに官司に附して罪を科す。別に道場を立てて衆を聚め教化し、妄りに罪福を説き、官司知りて禁止せざる者は、律に依りて罪を科す。僧尼、吉凶を卜相し、及び小道巫術もて病を療する者、飲酒酔乱し、及び人と闘打する者は、皆還俗せしむ。三宝の物を将て官人に餉遺し、若しくは合して朋党と称し、徒衆を擾乱し、音楽博戯を作す者、綾羅錦綺を服用する者、僧房に婦女を停め、尼房に男夫を停むる者、阿党朋扇して、浪りに無徳の者を挙ぐる者、俗人をして門を歴て教化せしむる者は、皆苦使すること日数有り。凡そ僧尼は私に園宅財物を畜へ、及び興販出息するを得ず」と。凡そ是くの如きの類、其の禁防を設けて以て身体を保ち罪戻を免れしむる所以の者、一にして足らず。如し能く僧尼をして謹みて律令を守り、仏家の法に従はしめば、則ち樹下石上、楽しみて以て歯を没するも亦可なり。但其の邦憲を奉ぜず、是を以て其の害此に至るのみ。)
現代語訳
(僧尼令に次のようにある。「およそ僧尼が、天文を観て勝手に災いや吉兆を説き、話が国家に及んで民を惑わし、あわせて兵書を習い読み、人を殺し、姦淫や盗みをし、また偽って悟りを得たと称するものは、いずれも役所に引き渡して罪を科す。別に道場を立てて人々を集めて教化し、みだりに罪や福を説き、役所が知りながら禁止しない場合は、律によって罪を科す。僧尼で、吉凶を占い、小道や巫術で病を治す者、酒を飲んで酔い乱れ、人と殴り合う者は、みな還俗させる。寺の財物を役人に贈り、あるいは徒党を組んで仲間を乱し、音楽や博打をする者、綾や絹の華美な衣を着る者、僧房に女性を泊め、尼房に男性を泊める者、なれあって徒党をあおり、みだりに徳のない者を推挙する者、俗人に家々をまわらせて教化させる者は、みな日数を定めて苦役に使う。およそ僧尼は、ひそかに園地・家屋・財物を蓄えたり、商売や利息で稼いだりしてはならない」。およそこのような類で、禁令を設けて僧尼の身を保ち罪を免れさせようとするものは、一つや二つではない。もし僧尼に律令を謹んで守らせ、仏家の法に従わせることができれば、木の下や石の上で修行し、楽しんで生涯を終えるのもよいだろう。ただ彼らが国の法を奉じなかったから、その害がここまで至ったのである。)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』六反第四十六前は苦しくして長く利あり。仁の道為る、偸楽にして後に窮す。聖人其の軽重を権り、其の大利を出だす、故に法の相忍ぶを用ひて、仁人の相憐れむを弃つるなり。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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『韓非子』姦劫弒臣第十四故に其の国を治むるや、法を正明し、厳刑を陳べ、将に以て群生の乱を救ひ、天下の禍を去らんとす。強をして弱を陵がず、衆をして寡を暴せず、耆老をして遂ぐることを得しめ、幼孤をして長ずることを得しめ、辺境侵されず、君臣相親しみ、父子相保ち、而して死亡係虜の患ひ無からしむ。此れ亦功の至厚なる者なり。愚人は知らず、顧って以て暴と為す。
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『政談』大坂在番の事且又大坂にては下々の欠落常にある事なり、欠落は大方は御城下へ出てゝ定の刻限に帰らぬ故直に欠落になるなり、又行きかた知れず失することもあり、大方は博奕などの意趣によりで海へ突落して殺す成るへし、又欠落したるものが十日計りも過きて後御城内へ来り、其の儘又何方へやらん行くこともありと承はる、不思議千万なることなり、畢竟御堀を越え来るべきやうなし、御門より出入するか、御城中にかくれ居るか、此の二つを出つべからず、惣じて余りに法厳しく、一事あれば詮議六ケ敷故、面々に事のなきやうにと心得ることを、御番衆の伝授にすることにて斯の如きこと却て知れぬと見えたり、法を末にて厳しくして、元来法の立てやうに行届かぬ所有れば、必ず斯の如くなるものなり、大坂御番に限らず、当時は何方も〳〵斯の如し、心得あるべきこと也、
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『春秋左氏伝』昭公七年 天に十日、人に十等天に十日有り、人に十等有り。下は上に事ふる所以、上は神に共する所以なり。故に王は公を臣とし、公は大夫を臣とし、大夫は士を臣とし、士は皁を臣とし、皁は輿を臣とし、輿は隸を臣とし、隸は僚を臣とし、僚は僕を臣とし、僕は臺を臣とす。馬に圉有り、牛に牧有り、以て百事を待つ。今有司曰く、『女胡ぞ人を王宮に執ふる』と。將た焉にか之を執へん。周の文王の法に曰く、『亡有れば荒(おほ)いに閱す』と。天下を得し所以なり。吾が先君文王、僕區の法を作りて曰く、『盜の隱す所の器は、盜と罪を同じくす』と。汝に封ずる所以なり。若し有司に從はば、是れ逃臣を執ふる所無きなり。逃げて之を舍かば、是れ陪臺無きなり。王事乃ち闕くること無からんや。昔武王紂の罪を數へて、以て諸侯に告げて曰く、『紂は天下の逋逃の主と為り、淵藪に萃む』と。故に夫(か)の死を致す。君王始めて諸侯を求めて紂に則るは、乃ち不可なること無からんや。若し二文の法を以て之を取らば、盜所在有らん」と。王曰く、「而(なんぢ)の臣を取りて以て往け。盜寵有り、未だ得べからざるなり」と。遂に之を赦す。
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『韓非子』制分第五十五夫れ凡そ國博く君尊き者は、未だ嘗て法重きに非ずして以て令行はれ禁止むことを天下に至すべき者あらざるなり。
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