春秋左氏伝 / 昭公七年 天に十日、人に十等
天有十日。人有十等。下所以事上。上所以共神也。故王臣公。公臣大夫。大夫臣士。士臣皁。皁臣輿。輿臣隸。隸臣僚。僚臣僕。僕臣臺。馬有圉。牛有牧。以待百事。今有司曰。女胡執人於王宮。將焉執之。周文王之法曰。有亡荒閱。所以得天下也。吾先君文王作僕區之法曰。盜所隱器。與盜同罪。所以封汝也。若從有司。是無所執逃臣也。逃而舍之。是無陪臺也。王事無乃闕乎。昔武王數紂之罪。以告諸侯曰。紂為天下逋逃主。萃淵藪。故夫致死焉。君王始求諸侯而則紂。無乃不可乎。若以二文之法取之。盜有所在矣。王曰。取而臣以往。盜有寵。未可得也。遂赦之。
新字:天有十日。人有十等。下所以事上。上所以共神也。故王臣公。公臣大夫。大夫臣士。士臣皁。皁臣輿。輿臣隸。隸臣僚。僚臣僕。僕臣台。馬有圉。牛有牧。以待百事。今有司曰。女胡執人於王宮。将焉執之。周文王之法曰。有亡荒閲。所以得天下也。吾先君文王作僕区之法曰。盗所隠器。与盗同罪。所以封汝也。若従有司。是無所執逃臣也。逃而舎之。是無陪台也。王事無乃闕乎。昔武王数紂之罪。以告諸侯曰。紂為天下逋逃主。萃淵藪。故夫致死焉。君王始求諸侯而則紂。無乃不可乎。若以二文之法取之。盗有所在矣。王曰。取而臣以往。盗有寵。未可得也。遂赦之。
書き下し
天に十日有り、人に十等有り。下は上に事ふる所以、上は神に共する所以なり。故に王は公を臣とし、公は大夫を臣とし、大夫は士を臣とし、士は皁を臣とし、皁は輿を臣とし、輿は隸を臣とし、隸は僚を臣とし、僚は僕を臣とし、僕は臺を臣とす。馬に圉有り、牛に牧有り、以て百事を待つ。今有司曰く、『女胡ぞ人を王宮に執ふる』と。將た焉にか之を執へん。周の文王の法に曰く、『亡有れば荒(おほ)いに閱す』と。天下を得し所以なり。吾が先君文王、僕區の法を作りて曰く、『盜の隱す所の器は、盜と罪を同じくす』と。汝に封ずる所以なり。若し有司に從はば、是れ逃臣を執ふる所無きなり。逃げて之を舍かば、是れ陪臺無きなり。王事乃ち闕くること無からんや。昔武王紂の罪を數へて、以て諸侯に告げて曰く、『紂は天下の逋逃の主と為り、淵藪に萃む』と。故に夫(か)の死を致す。君王始めて諸侯を求めて紂に則るは、乃ち不可なること無からんや。若し二文の法を以て之を取らば、盜所在有らん」と。王曰く、「而(なんぢ)の臣を取りて以て往け。盜寵有り、未だ得べからざるなり」と。遂に之を赦す。
現代語訳
(無宇の言葉の続き)天には十の日(甲から癸まで)があり、人には十の等級があります。下の者が上の者に仕え、上の者が神に奉仕するためのものです。ですから王は公を臣とし、公は大夫を臣とし、大夫は士を臣とし、士は皁を臣とし、皁は輿を臣とし、輿は隷を臣とし、隷は僚を臣とし、僚は僕を臣とし、僕は台を臣とします。馬には圉(馬飼い)がおり、牛には牧(牛飼い)がいて、それぞれが諸々の仕事に備えています。いま役人は『おまえはなぜ王宮で人を捕らえたのか』と言いますが、それなら逃げた者をどこで捕らえればよいのですか。周の文王の法には『逃亡者があれば大いに捜索せよ』とあります。これによって周は天下を得たのです。わが先君の文王(楚の文王)は僕区の法を作って『盗人がかくまった品物は、盗人と同罪とする』と定めました。これによって汝水のほとりまで領土を広げたのです。もし役人の言うとおりにすれば、逃げた臣下を捕らえるところがなくなります。逃げた者をそのままにしておけば、仕える下僕がいなくなります。そうなれば王の事業に欠けるところが出てくるのではありませんか。昔、周の武王は紂王の罪を数え上げて諸侯に告げ、『紂は天下の逃亡者の元締めとなり、淵や藪に魚や獣が集まるように逃亡者を集めている』と言いました。だから人々は命を捨てて紂を討ったのです。君王が諸侯を従えようとし始めたばかりなのに、紂のやり方に倣うのは、よろしくないのではありませんか。もし周と楚の二人の文王の法によって捕らえるなら、盗人の居場所ははっきりしております」。王は言った。「おまえの臣を連れて行け。盗人(逃亡者をかくまう私のこと)は寵愛を受けている身だから、まだ捕まえることはできないな」。そして無宇を赦した。
解説
この章句が説くこと
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