新論 / 國體上
故以 後白河上皇之尊、而嘆山法師之難制、時勢亦可見也、至一向專念之説作、則雖名祠大社在祀典者、不許瞻禮之、以遏絶報本反始之心、而專奉胡神、民是以知有西戎、而不知有中原、知有僧尼、而不知有君父、及其叛亂、則指仗義討賊者、以爲法敵、乃至於使一時忠烈之士挽弓揮戈而反仇君父、忠孝之廢、民志之散、可謂極矣、
新字:故以 後白河上皇之尊、而嘆山法師之難制、時勢亦可見也、至一向専念之説作、則雖名祠大社在祀典者、不許瞻礼之、以遏絶報本反始之心、而専奉胡神、民是以知有西戎、而不知有中原、知有僧尼、而不知有君父、及其叛乱、則指仗義討賊者、以為法敵、乃至於使一時忠烈之士挽弓揮戈而反仇君父、忠孝之廃、民志之散、可謂極矣、
書き下し
故に後白河上皇の尊きを以てして、山法師の制し難きを嘆ず。時勢亦見るべきなり。一向専念の説作るに至りては、則ち名祠大社の祀典に在る者と雖も、之を瞻礼するを許さず、以て本に報い始めに反るの心を遏絶して、専ら胡神を奉ず。民是を以て西戎有るを知りて、中原有るを知らず、僧尼有るを知りて、君父有るを知らず。其の叛乱するに及びては、則ち義に仗りて賊を討つ者を指して、以て法敵と為し、乃ち一時の忠烈の士をして弓を挽き戈を揮ひて反つて君父を仇とせしむるに至る。忠孝の廃れ、民志の散ずる、極まれりと謂ふべし。
現代語訳
だから後白河上皇ほどの尊い身でありながら、山法師(比叡山の僧兵)が思うままにならないことを嘆いた。時勢のほどがわかる。一向専念(一向宗)の説が起こると、祭祀の制度に載る名高い神社であっても参拝を許さず、根本に報い始めに立ち返る心を断ち切って、もっぱら外国の神を奉じた。民はこうして西方の異国があることを知っても中原(日本)があることを知らず、僧尼があることを知っても主君や父があることを知らなくなった。彼らが反乱を起こすと、義によって賊を討つ者を指して「法敵」と呼び、ついにはその時の忠烈の士にまで弓を引き戈をふるわせ、かえって主君や父を敵とさせるに至った。忠孝の廃れ、民の志の散り散りになることは、極まったといえる。
解説
この章句が説くこと
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『新論』國體上故に祖宗の訓、巫覡に乱れ、仏に変じ、陋儒俗学に微へ、左右の言説、民心を滅裂して、君臣の義・父子の親は、則ち漠然として之を度外に置く。天人の大道、果たして悪くにか在る。然れども往時民聴を乱す所の者は、其の極も境内の奇衺の民と為るに過ぎざるのみ。西荒の戎虜に至りては、則ち各国邪穌の法を奉じて、以て諸国を呑併し、至る所祠宇を焚燬し、人民を誣罔し、以て其の国土を侵奪す。其の志、尽く人の君を臣とし人の民を役するに非ざれば則ち慊らざるなり。其の益々猖桀なるに及び、既に呂宋・瓜哇を傾覆し、遂に神州に朶頤し、嘗て西辺を煽動し、呂宋・瓜哇に加ふる所以の者を以て之を神州に加へんと欲す。其の邪説の民聴を乱す所以の者、豈に特に境内の奇衺の民と為すのみにして止まんや。幸ひにして明君賢佐其の姦を洞察し、誅鋤夷滅して、復た焦類無く、邪頑の徒、種を中土に易ふるを得ざること、此に二百年、民をして妖夷の煽惑を免れしむ。其の徳沢為るや大なり。
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『新論』國體上而るに天下之を怪しむ無きなり。身天下の権を操りて、臣を異邦に称し、異邦をして天朝を視ること藩臣の如くならしむ。国体を虧くこと甚し。而るに天下之を怪しむ無きなり。名節地に墜ちて、君臣の義廃る。民俗日に薄悪に趨きて、本に報い始めに反るの義を遺れ、家督の利とすべきを知りて、血胤の重んずべきを知らず。或は異姓の子を養ひて以て己が子と為す。他人以て父子と為すべくんば、則ち父子以て他人と為すべし。夫れ誰か復た天倫の易ふべからざるを知らん。其の甚しき者は、則ち皇子皇孫と雖も、悉く薙染の流と為し、天胤をして絶えざること綫の如くならしむ。而るに天下之を怪しむ無きなり。彝倫以て斁れて、父子の恩廃る。
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『驢鞍橋』卷中師衆に向つて曰く、今時人毎に一向宗を誹ることあり。各此の短処を道へ。僧曰く、女犯肉食、是れ破戒也。師曰く、夫は在家一同と立てた宗旨也。其上左様の事をいはゝ、在家の人は成仏はすましきや。夫れ仏法建立と云ふものは、一国一宗に成りたる時、天下事欠けぬ様に建立するもの也。然るに一向宗の教の如きは、破りはせねともかまはぬといふ間、神社は尽く廃壊する也。若し日本一州皆一向宗に成りたらば、神社は皆断ゆへし。夫れ日本は神国なり、神を断じて何と国を保たんやと也。
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『新論』國體上仏法の中国に入るや、朝議謂ふ、「国家に祀典有り、宜しく蕃神を拝すべからず」と。而るに逆臣馬子私に之を奉じ、皇子厩戸等と党比して、伽藍を興造す。是より僧徒日に衆く、争ひて其の説を鼓し、民志是に於てか離渙す。大宝の制、神祇を大政の上に列し、僧尼を玄蕃に隷す。国体を知ると謂ふべし。然れども猶ほ祭政を分ちて二と為すを免れざる者は、当時の人情世態、既に往日の純一なるが如きに非ざればなり。而して聖武・孝謙の朝に及びては、則ち仏事益々盛んにして、朝政廷議、仏を奉ずる所以に非ざる者無し。遂に国分寺を諸道に置き、国府と並び立て、以て其の法を国郡に布き、仏事をして政と一ならしむ。上の好む所、用ゐて以て政と為せば、之が下為る者、孰か争ひて之に趨かざらん。是を以て天下靡然として、唯蕃神のみ是れ敬す。本地の説作るに及びて、赫赫たる神明、冒すに仏名を以てし、天を誣ひ人を欺き、吾が民の瞻仰する所の者を挙げて、悉く胡神の分支末属と為し、神明の邦を変じて、以て身毒の国と為し、中原の赤子を駆りて、以て西戎の徒属と為す。内既に自ら夷す。国体安くにか存せんや。
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『新論』國體上夫れ方今古を去ること遠しと雖も、仰ぐ所の至尊は則ち儼然として天祖の正胤なり。治むる所の蒼生は、則ち依然として天祖の愛養したまふ所の裔孫なり。苟も能く人心の磨滅すべからざる者に因りて、之が教条を設け、神聖の天下を淬礪したまふ所以の意に原づき、天に事へ先を祀り本に報い始めに反り、因りて以て君臣の義を正し、父子の親を敦くし、万民を槖籥して、以て一心と為さば、豈に甚だ為し難からんや。此れ乃ち千載の一時、必ず失ふべからざるの機なり。臣是を以て弊の由りて生ずる所を審らかにせんと欲し、邪説の害に眷眷たらざるを得ざるなり。夫れ英雄は通変神化し、為すべからざるの時無く、為すべからざるの事無し。而して帝王の恃みて以て四海を保つ所の者は、天人の大道なり。其の文は変ずべきも、其の義は易ふべからず。則ち神聖の天地を経緯し億兆をして皆其の上に親しみて離るるに忍びざらしむる所以の意は、今日と雖も亦復た行ふべからざる者無し。今時勢の変なり、邪説の害なり、天下其の弊に勝へずと雖も、而も之を更張作新せんと欲すれば、顧ふに之を処する所以の方何如なるのみ。
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『新論』國體上(皇子の宜しく緇徒と為るべからざること、熊沢伯継・新井君美之を論ずること極めて詳かなり。然れども議者或は歳月の久しき、瓜瓞蕃衍して、供億給し難きを患ふ。而して君美之を弁じて曰く、「天地の間自ら大算数有り、消息盈虚は、智力の及ぶ所に非ず。当に其の義の当否を論ずべきなり」と。了介曰く、「宜しく諸国をして学校を設けしめ、皇子及び公卿の子弟を以て之が師長と為すべし。則ち天胤の不億なる、以て之を処する有るべし」と。二子の論ずる所極めて是なり。且つ古制、皇子を親王と為し、親王の子孫を諸王と為し、五世の後、姓を賜ひて列して庶臣と為す。則ち亦何ぞ其の供給し難きを患へんや。其の詳の如きは、則ち臣将に別に論述する所有らんとす。)土地人民の一に統べらるるを得ざれば、政教以て施すべからず。其の極は忠孝倶に廃れて、天人の大道地に委す。
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