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新論 / 國體上

夫 祖宗之秩祀典、所以與天下共事天祀先、其義達天下、莫有彼此、而故家舊族、或因襲家説陋習未盡除、偏方下州、或私奉淫祠、知祈福徼幸、而不知事天祀先之義、世之守陋好奇者、付會以怪妄迂僻之説、民神雜糅、遂爲巫覡之流、至後世或剽竊儒佛、縁飾其言、以爲糊口之資、則其所事神者、既非 祖宗所以報本反始之意、雖忠臣孝子、亦或無所適而致其孝敬、民志於是乎岐焉、

新字:夫 祖宗之秩祀典、所以与天下共事天祀先、其義達天下、莫有彼此、而故家旧族、或因襲家説陋習未尽除、偏方下州、或私奉淫祠、知祈福徼幸、而不知事天祀先之義、世之守陋好奇者、付会以怪妄迂僻之説、民神雑糅、遂為巫覡之流、至後世或剽窃儒仏、縁飾其言、以為糊口之資、則其所事神者、既非 祖宗所以報本反始之意、雖忠臣孝子、亦或無所適而致其孝敬、民志於是乎岐焉、

書き下し

夫れ祖宗の祀典を秩するは、天下と共に天に事へ先を祀る所以にして、其の義天下に達し、彼此有る莫し。而るに故家旧族、或は家説に因襲して陋習未だ尽くは除かれず、偏方下州、或は私に淫祠を奉じ、福を祈り幸を徼むることを知りて、天に事へ先を祀るの義を知らず。世の陋を守り奇を好む者、付会するに怪妄迂僻の説を以てし、民神雑糅して、遂に巫覡の流と為る。後世に至りては或は儒仏を剽窃し、其の言を縁飾して、以て糊口の資と為す。則ち其の事ふる所の神は、既に祖宗の本に報い始めに反る所以の意に非ず。忠臣孝子と雖も、亦或は適きて其の孝敬を致す所無し。民志是に於てか岐る。

現代語訳

そもそも祖宗が祭祀の制度を整えたのは、天下とともに天に仕え祖先を祀るためであり、その意義は天下に行きわたって、あちらこちらの別がなかった。ところが古い家柄の一族には、家の説を受け継いで古い悪習がまだすっかり除かれていない者がおり、片田舎の地方では、勝手に淫祠(いかがわしい祠)を奉じ、福を祈り幸運を求めることは知っても、天に仕え祖先を祀る意義を知らない者がいる。世の中で古い習いを守り珍しいことを好む者が、あやしげで回りくどい説をこじつけ、人と神が入り混じって、ついに巫覡の流れとなった。後世になると、儒教や仏教を盗み取ってその言葉を飾り、生計の手段とする者も出た。そうなると、その仕える神はもはや、祖宗が根本に報い始めに立ち返らせようとした意図にかなうものではない。忠臣孝子であっても、どこへ行って孝と敬を尽くせばよいのかわからなくなることがある。民の志はここで分かれてしまった。

解説

正志斎は「異端」の一つ目として、巫覡の流れを取り上げる。朝廷の祭祀は天下とともに天と祖先を祀るものであったのに、地方の私的な祠や現世利益の祈り、儒仏の言葉を借りて生計を立てる者が現れ、祭祀の本来の意義が失われたというのである。ここでいう巫覡には、当時の民間信仰や、儒仏を取り込んだ一部の神道説も含まれていると考えられる。正志斎の評価は祭政一致の立場からのものだが、本来の目的を離れて手段が自己目的化し、人々が何を拠り所にすればよいかわからなくなる、という構図は組織でも起こりうる。

この章句が説くこと

祭祀邪説民志報本巫覡目的

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