新論 / 國體上
何謂邪説之害、昔者 神聖既以神道設敎、所以緝收民心者、專出於一、固有成規焉、而事天祀先之意、傳之後世、民知報本反始之義矣、 太祖奉 天神、以討不順、所至明禋、遂立靈畤、祭 皇祖天神、以申大孝、 崇神天皇崇重神祇、敬事 天祖、班祀典天下、報本反始之義達於天下、天下仰 朝廷如 天神、以孝事君、同心一志、共輸其忠、風俗以惇矣、至 應神天皇朝、得周人經籍、行之天下、其書言堯舜周孔之道、其國隣 神州、風氣相類、其敎本於天命人心、明忠孝而以事帝祀先、與 天祖之彝訓大同、
新字:何謂邪説之害、昔者 神聖既以神道設教、所以緝収民心者、専出於一、固有成規焉、而事天祀先之意、伝之後世、民知報本反始之義矣、 太祖奉 天神、以討不順、所至明禋、遂立霊畤、祭 皇祖天神、以申大孝、 崇神天皇崇重神祇、敬事 天祖、班祀典天下、報本反始之義達於天下、天下仰 朝廷如 天神、以孝事君、同心一志、共輸其忠、風俗以惇矣、至 応神天皇朝、得周人経籍、行之天下、其書言堯舜周孔之道、其国隣 神州、風気相類、其教本於天命人心、明忠孝而以事帝祀先、与 天祖之彝訓大同、
書き下し
何をか邪説の害と謂ふ。昔者、神聖既に神道を以て教を設け、民心を緝収する所以の者、専ら一に出で、固より成規有り。而して天に事へ先を祀るの意、之を後世に伝へて、民本に報い始めに反るの義を知る。太祖天神を奉じて、以て不順を討ち、至る所明禋し、遂に霊畤を立てて、皇祖天神を祭り、以て大孝を申ぶ。崇神天皇神祇を崇重し、天祖に敬事し、祀典を天下に班ち、本に報い始めに反るの義天下に達す。天下朝廷を仰ぐこと天神の如く、孝を以て君に事へ、心を同じくし志を一にし、共に其の忠を輸して、風俗以て惇し。応神天皇の朝に至り、周人の経籍を得て、之を天下に行ふ。其の書は堯舜周孔の道を言ひ、其の国は神州に隣し、風気相類す。其の教は天命人心に本づき、忠孝を明かにして以て帝に事へ先を祀る。天祖の彝訓と大いに同じ。
現代語訳
邪説の害とは何か。昔、神聖(皇祖)は神道によって教えを設け、民心をまとめるやり方はもっぱら一つのところから出ており、もとより定まった規範があった。そして天に仕え祖先を祀る意義が後世に伝えられ、民は根本に報い始めに立ち返る意義を知った。太祖(神武天皇)は天神を奉じて従わない者を討ち、至るところで清らかに祭りを行い、ついに霊畤(祭場)を設けて皇祖天神を祭り、大いなる孝を示した。崇神天皇は神々を崇め重んじ、天祖に敬い仕え、祭祀の制度を天下に分かち示し、根本に報い始めに立ち返る意義が天下に行きわたった。天下の人は朝廷を天神のように仰ぎ、孝によって君に仕え、心を同じくし志を一つにして、ともに忠を尽くし、風俗は厚くなった。応神天皇の朝廷に至って、周の人の経書を得て天下に行った。その書は堯・舜・周公・孔子の道を説き、その国(中国)は神州に隣り合い、風土や気風が似ている。その教えは天命と人心にもとづき、忠孝を明らかにして天帝に仕え祖先を祀るもので、天祖の教えと大いに同じである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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論語・八佾篇子曰く、『禘は既に灌より往くもの、吾これを観るを欲せざるなり。』
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『墨子』明鬼下今、無鬼を執る者曰く、意うに親の利に忠ならずして、孝子を害するを為さんか、と。子墨子曰く、古今の鬼を為すは、他に非ざるなり。天鬼有り、亦た山川鬼神なる者有り、亦た人、死して鬼と為る者有り。今、子の其の父に先んじて死し、弟の其の兄に先んじて死する者有り。意うに死すること然りと雖も、然り而して天下の陳物、曰く、先に生まるる者は先に死す、と。是くの若くんば、則ち先に死する者は父に非ざれば則ち母、兄に非ざれば而ち姒なり。今、潔く酒醴粢盛を為りて、以て敬み慎みて祭祀す。若し鬼神をして誠に有らしめば、是れ其の父母姒兄を得て之に飲食せしむるなり。豈に厚利に非ざらんや。
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『呻吟語』内篇・談道・鑿ちて求む可からず、道破す可からず鬼神を敬事するは、聖人の世教を維持する大端なり。其の義は深く、其の功は大なり。但だ自ら鑿ちて求む可からず、道破す可からざるのみ。
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『都鄙問答』卷之二・鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段又問、或人云、子曰、其の鬼に非ずして之を祭るは諂ひなりと、祭べからずとのたまふ。我朝には、土地の神、又太神宮といへども、御恩の為に、五穀の出来、初穂や或は神楽などを捧奉ることなれば、兎角唐土とは違有と云り。然るに汝、神は一列の如くに云へるは、如何なることぞ。
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