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史記 / 高祖本紀

初,項羽與宋義北救趙,及項羽殺宋義,代為上將軍,諸將黥布皆屬,破秦將王離軍,降章邯,諸侯皆附。及趙高已殺二世,使人來,欲約分王關中。沛公以為詐,乃用張良計,使酈生、陸賈往說秦將,啗以利,因襲攻武關,破之。又與秦軍戰於藍田南,益張疑兵旗幟,諸所過毋得掠鹵,秦人喜,秦軍解,因大破之。又戰其北,大破之。乘勝,遂破之。漢元年十月,沛公兵遂先諸侯至霸上。

新字:初,項羽与宋義北救趙,及項羽殺宋義,代為上将軍,諸将黥布皆属,破秦将王離軍,降章邯,諸侯皆附。及趙高已殺二世,使人来,欲約分王関中。沛公以為詐,乃用張良計,使酈生、陸賈往説秦将,啗以利,因襲攻武関,破之。又与秦軍戦於藍田南,益張疑兵旗幟,諸所過毋得掠鹵,秦人喜,秦軍解,因大破之。又戦其北,大破之。乗勝,遂破之。漢元年十月,沛公兵遂先諸侯至覇上。

書き下し

初め、項羽宋義と北のかた趙を救ふ、項羽の宋義を殺し、代はりて上将軍と為るに及び、諸将黥布皆属し、秦の将王離の軍を破り、章邯を降し、諸侯皆附く。趙高已に二世を殺すに及び、人をして来らしめ、約して関中に分王せんと欲す。沛公以て詐りと為し、乃ち張良の計を用ゐ、酈生・陸賈をして往きて秦の将に説き、啗はすに利を以てせしめ、因りて武関を襲攻し、之を破る。又秦の軍と藍田の南に戦ひ、益々疑兵の旗幟を張り、諸々の過ぐる所掠鹵するを得る毋からしむ、秦人喜び、秦の軍解く、因りて大いに之を破る。又其の北に戦ひ、大いに之を破る。勝ちに乗じて、遂に之を破る。漢の元年十月、沛公の兵遂に諸侯に先んじて霸上に至る。

現代語訳

これより前、項羽は宋義とともに北へ向かって趙を救いに行ったが、項羽が宋義を殺して代わりに上将軍となると、黥布をはじめ将たちは皆その配下に入り、秦の将王離の軍を破り、章邯を降したので、諸侯は皆項羽に付き従った。趙高が二世皇帝を殺すと、人を沛公のもとによこし、関中を分けてそれぞれ王となる約束をしようとした。沛公はこれを偽りと考え、張良の計略を用いて、酈生(酈食其)と陸賈を送って秦の将たちを説かせ、利益で釣ったうえで、武関を急襲して破った。さらに秦の軍と藍田の南で戦い、敵を惑わすための旗印をいっそう多く立て、通過する所では決して略奪をさせなかったので、秦の人々は喜び、秦の軍は戦意を失って崩れた。そこで大いにこれを破った。さらにその北でも戦って大いに破った。勝ちに乗じて、ついに秦軍を打ち破った。漢の元年(前206年)十月、沛公の兵はついに諸侯に先んじて霸上に至った。

解説

劉邦が武関を破り、諸侯に先んじて咸陽の近くの霸上に到達する段です。前半は項羽が北で秦の主力を破ったことを簡潔にまとめ、両者の進軍が並行していたことを示しています。趙高は二世皇帝を殺した後、劉邦に関中を分け合おうと持ちかけましたが、劉邦は罠と見て応じませんでした。張良の策で秦の将を利で釣って油断させ、武関を急襲します。注目すべきは、藍田で旗を多く立てて兵力を大きく見せつつ、略奪を一切禁じたことです。秦の民は喜び、秦軍の抵抗は崩れました。武力だけでなく、民の心をつかむことが戦果に直結した例です。敵の内部から持ちかけられるうまい話を疑い、相手の人々の支持を得ることで勝つ。これは競争や交渉の場面でも通用する考え方です。

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