新論 / 國體上
夫嘗者始嘗新穀、而饗於 天神也、〈古者專稱則曰、 天祖、該群神則亦曰 天神、〉天祖得嘉穀之種、以爲可以生活蒼生、乃種之御田、又口含繭、而始有養蠶之道、是爲萬民衣食之原、及傳天下 皇孫、特授之以齋庭之穗、所以重民命而貴嘉穀者、亦可見也、故大嘗之祭、烹熟新穀、以殷薦之、〈大嘗之歳、豫卜定悠紀主基國郡、遣稻實及称宜卜部、臨田拔穗、以爲供御飯、自餘爲黑白酒、其飯則臨祭舂而炊之、 天皇親就嘗殿、奉粢盛而薦之、皆所以致其孝敬、存其質、而不忘其本也、〉其幣則繒服荒服、〈太玉事於 天祖、天日鷲爲之部屬、而造木綿、 神武帝亦使其裔孫、倶往阿波殖穀麻、而毎大嘗、阿波齋部進荒妙服、其奉祖先職、皆以其子孫、不失舊職也、〉蓋皆所以報本也、
新字:夫嘗者始嘗新穀、而饗於 天神也、〈古者専称則曰、 天祖、該群神則亦曰 天神、〉天祖得嘉穀之種、以為可以生活蒼生、乃種之御田、又口含繭、而始有養蠶之道、是為万民衣食之原、及伝天下 皇孫、特授之以斎庭之穂、所以重民命而貴嘉穀者、亦可見也、故大嘗之祭、烹熟新穀、以殷薦之、〈大嘗之歳、予卜定悠紀主基国郡、遣稲実及称宜卜部、臨田抜穂、以為供御飯、自余為黒白酒、其飯則臨祭舂而炊之、 天皇親就嘗殿、奉粢盛而薦之、皆所以致其孝敬、存其質、而不忘其本也、〉其幣則繒服荒服、〈太玉事於 天祖、天日鷲為之部属、而造木綿、 神武帝亦使其裔孫、倶往阿波殖穀麻、而毎大嘗、阿波斎部進荒妙服、其奉祖先職、皆以其子孫、不失旧職也、〉蓋皆所以報本也、
書き下し
夫れ嘗は始めて新穀を嘗めて、天神に饗するなり。(古は専称すれば則ち天祖と曰ひ、群神を該ぬれば則ち亦天神と曰ふ。)天祖嘉穀の種を得て、以て蒼生を生活すべしと為し、乃ち之を御田に種ゑ、又口に繭を含みて、始めて養蚕の道有り。是れ万民衣食の原為り。天下を皇孫に伝ふるに及び、特に之に授くるに斎庭の穂を以てす。民命を重んじて嘉穀を貴ぶ所以の者、亦見るべきなり。故に大嘗の祭は、新穀を烹熟して、以て之を殷薦す。(大嘗の歳、予め悠紀・主基の国郡を卜定し、稲実及び禰宜・卜部を遣はし、田に臨みて穂を抜き、以て供御の飯と為し、自余は黒白酒と為す。其の飯は則ち祭に臨みて舂きて之を炊ぐ。天皇親ら嘗殿に就き、粢盛を奉りて之を薦む。皆其の孝敬を致し、其の質を存して、其の本を忘れざる所以なり。)其の幣は則ち繒服・荒服。(太玉、天祖に事へ、天日鷲之が部属と為りて、木綿を造る。神武帝も亦其の裔孫をして、倶に阿波に往きて穀麻を殖ゑしむ。而して大嘗毎に、阿波の斎部、荒妙服を進む。其の祖先の職を奉ずる、皆其の子孫を以てし、旧職を失はざるなり。)蓋し皆本に報ゆる所以なり。
現代語訳
嘗とは、初めて新しい穀物を味わい、天神にお供えすることである。(古くは単独で呼ぶときは天祖といい、多くの神々をまとめていうときもまた天神という。)天祖はよい穀物の種を得て、これで人々を養えると考え、御田に植え、また口に繭を含んで糸を引き、初めて養蚕の道が生まれた。これが万民の衣食の源である。天下を皇孫に伝えるとき、特に斎庭(神聖な田)の稲穂を授けた。民の命を重んじ、よい穀物を貴んだことが、ここにも見てとれる。だから大嘗祭では新穀を煮炊きして、手厚くお供えする。(大嘗祭の年には、あらかじめ悠紀・主基の国と郡を占いで定め、稲実(稲を扱う役)や禰宜・卜部を遣わして、田で穂を抜かせて天皇の召し上がる飯とし、残りは黒酒・白酒とする。その飯は祭に際して舂いて炊く。天皇は自ら嘗殿に出て、供物を捧げてお供えする。これはみな孝と敬を尽くし、素朴さを保ち、根本を忘れないためである。)その捧げ物は繒服(絹の衣)と荒服(麻の衣)である。(太玉命が天祖に仕えたとき、天日鷲命がその配下となって木綿を造った。神武天皇もまたその子孫を阿波に遣わして穀物と麻を植えさせた。そして大嘗祭のたびに阿波の斎部が荒妙の衣を献上する。祖先の職を奉ずるのに、みなその子孫が当たり、古い職を失わないのである。)これらはみな根本に報いるためのものである。
解説
この章句が説くこと
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