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新論 / 國體上

故論語篇末、叙堯舜禹之授受、則言天之暦數、湯伐桀則曰、簡在帝心、周之所重民食喪祭、亦皆奉天愼祀也、故禮記曰、凡在天下九州之民者、無不咸獻其力以共皇天上帝社稷寢廟山林名川之祀、古者所以使民敬鬼神奉祭祀者、亦可見矣、蓋 神州之與漢土、風氣素同、而人情亦甚相類、故設敎之意、甚相似、亦如此也、〉

新字:故論語篇末、叙堯舜禹之授受、則言天之暦数、湯伐桀則曰、簡在帝心、周之所重民食喪祭、亦皆奉天慎祀也、故礼記曰、凡在天下九州之民者、無不咸献其力以共皇天上帝社稷寝廟山林名川之祀、古者所以使民敬鬼神奉祭祀者、亦可見矣、蓋 神州之与漢土、風気素同、而人情亦甚相類、故設教之意、甚相似、亦如此也、〉

書き下し

故に論語の篇末、堯舜禹の授受を叙ぶれば、則ち天の暦数を言ひ、湯の桀を伐つには則ち曰く、「簡ぶこと帝の心に在り」と。周の重んずる所の民食喪祭も、亦皆天を奉じ祀を慎むなり。故に礼記に曰く、「凡そ天下九州の民に在る者は、咸其の力を献じて以て皇天上帝・社稷・寝廟・山林・名川の祀に共せざるは無し」と。古者民をして鬼神を敬し祭祀を奉ぜしむる所以の者、亦見るべし。蓋し神州の漢土と、風気素より同じくして、人情も亦甚だ相類す。故に教を設くるの意、甚だ相似たること、亦此くの如きなり。)

現代語訳

だから『論語』の最終篇(堯曰篇)でも、堯・舜・禹が位を授け受けたことを述べるときは天の暦数を言い、湯王が桀を討ったことについては「(善悪を)選ぶのは天帝の心にある」と言う。周が重んじた民の食・喪・祭も、みな天を奉じ祭祀を慎むことである。だから『礼記』(月令)に「およそ天下九州の民である者は、みなその力を献じて、皇天上帝・社稷・宗廟・山林・名川の祭祀に供えないものはない」とある。昔、民に鬼神を敬わせ祭祀を奉じさせたことが、ここにも見てとれる。思うに、神州と中国とはもともと風土や気風が同じで、人情もたいへん似ている。だから教えを設ける意図がよく似ているのも、このとおりである。)

解説

長い割注の結びである。正志斎は『論語』堯曰篇と『礼記』月令を引き、天を奉じ祭祀を慎むことが中国古代の聖王の政治の根本であったとまとめる。そして、日本と中国は風土も人情も似ているので、教化の考え方も似ていると述べ、儒教の経典を日本の祭政一致の裏づけとして用いる。後期水戸学が儒学を排除せずに国体論と結びつけた特徴がよく表れた箇所である。異なる文化の知恵のうち、自分たちの原理と通じるものを見いだして取り入れる姿勢は、外部の知見を生かす組織のあり方にも通じる。

この章句が説くこと

祭祀論語礼記教化儒学水戸学

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