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新論 / 國體上

祀文王則歌對越在天、朝會則歌文王陟降在帝左右、用此以化導萬邦、而民畏敬尊奉之、視王者猶視天、王者之德被兆民、而兆民一志、同崇奉之、亦其至誠之自然相感者、而後嗣王所以報本反始者如此、其孝敬之心達於上下、下觀而化之、出則事其上、入則事其先、惻然悚然、愛敬之心發於中、不能自已、故曾子曰、愼終追遠、民德歸厚、亦神道設敎之効也、

新字:祀文王則歌対越在天、朝会則歌文王陟降在帝左右、用此以化導万邦、而民畏敬尊奉之、視王者猶視天、王者之徳被兆民、而兆民一志、同崇奉之、亦其至誠之自然相感者、而後嗣王所以報本反始者如此、其孝敬之心達於上下、下観而化之、出則事其上、入則事其先、惻然悚然、愛敬之心発於中、不能自已、故曽子曰、慎終追遠、民徳帰厚、亦神道設教之効也、

書き下し

文王を祀れば則ち「天に在すに対越す」を歌ひ、朝会すれば則ち「文王陟降して帝の左右に在り」を歌ふ。此を用ゐて以て万邦を化導して、民之を畏敬尊奉し、王者を視ること猶ほ天を視るがごとし。王者の徳兆民に被りて、兆民志を一にし、同じく之を崇奉す。亦其の至誠の自然に相感ずる者にして、而して後嗣の王の本に報い始めに反る所以の者此くの如し。其の孝敬の心上下に達し、下観て之に化し、出でては則ち其の上に事へ、入りては則ち其の先に事へ、惻然悚然として、愛敬の心中に発して、自ら已む能はず。故に曾子曰く、「終りを慎み遠きを追へば、民の徳厚きに帰す」と。亦神道もて教を設くるの効なり。

現代語訳

文王を祀るときには(『詩経』周頌・清廟の)「天にいます文王の霊にこたえ讃える」を歌い、朝廷の会合では(大雅・文王の)「文王の霊は昇り降りして天帝の左右にいます」を歌う。これによって万国を導き感化したので、民は王を畏れ敬い尊び奉じ、王者を見ることは天を見るのと同じであった。王者の徳が万民に及んで、万民は志を一つにし、ともに王を崇め奉じた。これもまた至誠が自然に感じ合ったものであり、後を継ぐ王が根本に報い始めに立ち返るのはこのようであった。その孝と敬の心は上下に行きわたり、下の者は見て感化され、外に出ては上に仕え、家に入っては祖先に仕え、心痛み身の引きしまる思いで、愛し敬う心が内からわき起こって、自分でも止められない。だから曾子は「親の葬いを慎み、遠い祖先を追慕すれば、民の徳は厚くなる」と言った。これもまた神妙な道によって教えを設けた効果である。

解説

割注のこの部分で、正志斎は『詩経』の清廟や文王の詩を引き、周の王が祖先を天とともに祀ったことで、民が王を天のように敬い、志を一つにしたと説く。そして『論語』学而篇の曾子の言葉「終りを慎み遠きを追へば、民の徳厚きに帰す」を、神道設教すなわち祭祀による教化の効果としてまとめる。正志斎は中国古代の聖王の政治と日本の祭政一致を同じ原理で説明しようとした。上に立つ者が自ら先人を敬う姿を示すとき、下の者にも敬う心が自然に生まれるという指摘は、リーダーの振る舞いが組織の気風をつくることを教えている。

この章句が説くこと

教化報本孝敬詩経曽子民徳

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