新語 / 思務
桀、紂不暴,則湯、武不仁,才惑於眾非者而改之,□□□□□□□亂之於朝廷,而匹夫治之於閨門。是以接輿、老萊所以避世於窮□□□□□而遠其尊也。君子行之於幽閒,小人厲之於士眾。老子曰:「上德不德。」□□□□□□虛也。
新字:桀、紂不暴,則湯、武不仁,才惑於衆非者而改之,□□□□□□□乱之於朝廷,而匹夫治之於閨門。是以接輿、老萊所以避世於窮□□□□□而遠其尊也。君子行之於幽閒,小人厲之於士衆。老子曰:「上徳不徳。」□□□□□□虚也。
書き下し
桀・紂暴ならざれば、則ち湯・武仁ならず。才は衆非に惑う者にして之を改め、□□□□□□□朝廷に之を乱し、而して匹夫は之を閨門に治む。是を以て接輿・老萊は世を窮□□□□□に避け、而して其の尊きを遠ざくる所以なり。君子は之を幽閒に行い、小人は之を士衆に厲む。老子曰く、「上徳は徳とせず」と。□□□□□□虚なり。
現代語訳
桀や紂が暴虐でなければ、湯王や武王が仁を示すこともなかったでしょう。才ある者は、多くの非難に惑う者でもありますが、それを改め、(欠字)朝廷でこれを乱し、一方で庶民はこれを家の中で治めます。そこで接輿や老萊は世を避けて窮(欠字)に身を置き、その尊さを遠ざけたのです。君子はこれを静かな場所で行い、小人はこれを士や民の前で励みます。老子は「上徳は徳としない」と言いました。(欠字)虚です。
解説
この段は短く、欠字が非常に多いため、全体を確かに読み切れません。読み取れる範囲では、桀・紂の暴があってこそ湯・武の仁が現れるという対比、朝廷が乱れても庶民が家庭で治める例、世を避けた接輿と老萊、そして君子は静かな場で行い小人は人前で励むという対比が並んでいます。末尾の『老子』の「上徳は徳とせず」は、徳を誇らない境地を指すものでしょう。陸賈はおそらく、人目に立たない場での修め方を重んじたと思われます。現代の仕事でも、評価されない場面での振る舞いが、その人の本当の水準を示すことがある点を考えさせます。
この章句が説くこと
上徳隠れた行い君子小人老子新語
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