論衡 / 『論衡』講瑞篇第五十・人が集まることは賢さの証ではない
君子在世、清節自守、不廣結從、出入動作、人不附從。豪猾之人、任使用氣、往來進退、士眾云合。夫鳳皇、君子也、必以隨多者效鳳皇、是豪黠為君子也。歌曲彌妙、和者彌寡;行操益清、交者益鮮。鳥獸亦然、必以附從效鳳皇、是用和多為妙曲也。
新字:君子在世、清節自守、不広結従、出入動作、人不附従。豪猾之人、任使用気、往来進退、士衆云合。夫鳳皇、君子也、必以随多者効鳳皇、是豪黠為君子也。歌曲弥妙、和者弥寡;行操益清、交者益鮮。鳥獣亦然、必以附従効鳳皇、是用和多為妙曲也。
書き下し
君子は世に在りて、清節自ら守り、広く従を結ばず、出入動作するも、人は附従せず。豪猾の人は、使いに任せ気を用い、往来進退すれば、士衆は雲のごとく合す。夫れ鳳皇は君子なり。必ず随う者の多きを以て鳳皇に験さば、是れ豪黠を君子と為すなり。歌曲は弥いよ妙なれば、和する者は弥いよ寡く、行操は益ます清ければ、交わる者は益ます鮮し。鳥獣も亦た然り。必ず附従を以て鳳皇に験さば、是れ和する者の多きを用て妙曲と為すなり。
現代語訳
君子は世にあって、清らかな節操を自分で守り、広く仲間を作ろうとしないので、出入りして何をしても、人がつき従うことはありません。これに対して、ずる賢い豪傑は、人を使い、勢いに任せて動き回るので、人々が雲のように集まってきます。鳳凰は君子にあたります。それなのに、つき従う者が多いかどうかで鳳凰かどうかを確かめるなら、ずる賢い豪傑を君子とみなすことになります。歌は巧みになるほど、声を合わせる者は少なくなり、行いが清らかになるほど、交わる者は少なくなります。鳥や獣も同じです。つき従う鳥の数で鳳凰を確かめるなら、唱和する者が多いことをもって名曲とするようなものです。
解説

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