新語 / 懷慮
故物之所可,非道之所宜;道之所宜,非物之所可。是以制事者不可□,設道者不可通。目以精明,耳以主聽,口以別味,鼻以聞芳,手以之持,足以之行,各受一性,不得兩兼,兩兼則心惑,二路者行窮,正心一堅,久而不忘,在上不逸,為下不傷,執一統物,雖寡必眾,心佚情散,雖高必崩,氣泄生疾,壽命不長,顛倒無端,失道不行。故氣感之符,清潔明光,情素之表,恬暢和良,調密者固,安靜者詳,志定心平,血脈乃彊,秉政圖兩,失其中央,戰士不耕,朝士不商,邪不奸直,圓不亂方,違戾相錯,撥剌難匡。故欲理之君,閉利門,積德之家,必無災殃,利絕而道著,武讓而德興,斯乃持久之道,常行之法也。
新字:故物之所可,非道之所宜;道之所宜,非物之所可。是以制事者不可□,設道者不可通。目以精明,耳以主聴,口以別味,鼻以聞芳,手以之持,足以之行,各受一性,不得両兼,両兼則心惑,二路者行窮,正心一堅,久而不忘,在上不逸,為下不傷,執一統物,雖寡必衆,心佚情散,雖高必崩,気泄生疾,寿命不長,顛倒無端,失道不行。故気感之符,清潔明光,情素之表,恬暢和良,調密者固,安静者詳,志定心平,血脈乃彊,秉政図両,失其中央,戦士不耕,朝士不商,邪不奸直,円不乱方,違戻相錯,撥剌難匡。故欲理之君,閉利門,積徳之家,必無災殃,利絶而道著,武譲而徳興,斯乃持久之道,常行之法也。
書き下し
故に物の可とする所は、道の宜しとする所に非ず。道の宜しとする所は、物の可とする所に非ず。是を以て事を制する者は□す可からず、道を設くる者は通ず可からず。目は以て精明にし、耳は以て聴を主り、口は以て味を別ち、鼻は以て芳を聞ぎ、手は以て之を持し、足は以て之を行く。各おの一性を受けて、両つながら兼ぬるを得ず。両つながら兼ぬれば則ち心惑い、二路なる者は行き窮まる。心を正して一たび堅くし、久しくして忘れざれば、上に在りて逸せず、下と為りて傷つかず。一を執りて物を統ぶれば、寡なしと雖も必ず衆し。心佚して情散ずれば、高しと雖も必ず崩る。気泄れて疾を生じ、寿命は長からず、顛倒して端無く、道を失いて行われず。故に気の感ずるの符は、清潔にして明光あり、情素の表は、恬暢にして和良なり。調密なる者は固く、安静なる者は詳らかなり。志定まり心平らかなれば、血脈乃ち彊し。政を秉りて両つながら図れば、其の中央を失い、戦士は耕さず、朝士は商わず、邪は直を奸さず、円は方を乱さず。違戻して相い錯り、撥剌として匡し難し。故に理めんと欲する君は、利の門を閉ざし、徳を積む家は、必ず災殃無し。利絶えて道著れ、武譲りて徳興る。斯れ乃ち持久の道、常行の法なり。
現代語訳
ものが良しとすることと、道が適しているとすることとは同じではありません。道が適しているとすることも、ものが良しとすることとは同じではありません。だから事を取り仕切る者は(欠字)してはならず、道を立てる者は通じてもいけません。目は明らかに見るため、耳は聞くことをつかさどり、口は味を分け、鼻は香りをかぎ、手は物を持ち、足は歩きます。それぞれひとつの性を受けていて、二つを兼ねることはできません。二つを兼ねれば心が惑い、二つの道を行く者は行き詰まります。心を正してひとたび堅くし、長く忘れなければ、上にいても安逸に流れず、下にいても傷つきません。一を執って物を統べれば、少なくても必ず多くなり、心が緩んで情が散れば、高くても必ず崩れます。気が漏れれば病を生じ、寿命は長くなく、さかさまになって端緒もなく、道を失って行われません。だから気が感じ取る兆しは清らかで明るく、飾らない情の表れは安らかでのびやかで穏やかです。細やかに整える者は堅く、静かな者は詳しく見ます。志が定まり心が平らかであれば、血の巡りも強くなります。政を執って二つを同時に図れば中心を失い、戦士は耕さず、朝廷の臣は商わず、邪は正しいものを犯さず、円は方を乱さず、食い違い入り混じって、はね返り正すことが難しくなります。だから国を治めようとする君主は利の門を閉ざし、徳を積む家には必ず災いがありません。利が絶えて道が現れ、武が譲って徳が興ります。これこそ長く保つ道、常に行うべき法です。
解説
この章句が説くこと
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