新語 / 懷慮
夫世人不學詩、書,存仁義,尊聖人之道,極經藝之深,乃論不驗之語,學不然之事,圖天地之形,說災變之異,乖先王之法,異聖人之意,惑學者之心,移眾人之志,指天畫地,是非世事,動人以邪變,驚人以奇怪,聽之者若神,視之者如異;然猶不可以濟於厄而度其身,或觸罪□□法,不免於辜戮。故事不生於法度,道不本於天地,可言而不可行也,可聽而不可傳也,可□翫而不可大用也。
新字:夫世人不学詩、書,存仁義,尊聖人之道,極経芸之深,乃論不験之語,学不然之事,図天地之形,説災変之異,乖先王之法,異聖人之意,惑学者之心,移衆人之志,指天画地,是非世事,動人以邪変,驚人以奇怪,聴之者若神,視之者如異;然猶不可以済於厄而度其身,或触罪□□法,不免於辜戮。故事不生於法度,道不本於天地,可言而不可行也,可聴而不可伝也,可□翫而不可大用也。
書き下し
夫れ世人は詩・書を学ばず、仁義を存せず、聖人の道を尊ばず、経芸の深きを極めず、乃ち験あらざるの語を論じ、然らざるの事を学び、天地の形を図り、災変の異を説き、先王の法に乖き、聖人の意に異なり、学者の心を惑わし、衆人の志を移し、天を指し地に画き、世事を是非し、人を動かすに邪変を以てし、人を驚かすに奇怪を以てし、之を聴く者は神の若く、之を視る者は異の如し。然れども猶お以て厄を済い其の身を度る可からず、或いは罪に触れ□□法、辜戮を免れず。故に事は法度に生ぜず、道は天地に本づかざれば、言う可くして行う可からず、聴く可くして伝う可からず、□翫す可くして大いに用う可からざるなり。
現代語訳
世の人の中には、詩や書を学ばず、仁義を心に留めず、聖人の道を尊ばず、経書の深い意味を究めないまま、確かめようのない話を論じ、そうとは限らないことを学び、天地の形を図にし、災いや異変を説いて、先王の法にそむき、聖人の意に背き、学ぶ者の心を惑わせ、人々の志を移してしまう者がいます。天を指し地に線を引き、世の出来事を論じ、人を動かすのに怪しい変事を使い、人を驚かすのに奇怪なことを使います。聞く者は神のように思い、見る者は不思議に感じます。それでもなお、苦境を救って自分の身を渡らせることはできず、あるいは罪に触れて(欠字)法に(欠字)、処刑を免れません。そのため、事が法度から生まれず、道が天地に本づかないのであれば、口にはできても行えず、聞くことはできても伝えられず、(欠字)もてあそぶことはできても大きく用いることはできないのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 孝武本紀泰一の用ゐる所は、雍の一畤の物の如く、而して醴棗脯の属を加へ、一犛牛を殺して以て俎豆の牢具と為す。而して五帝は独り俎豆醴の進有り。其の下の四方の地は、餟食の為に群神の従者及び北斗を云ふ。已に祠れば、胙の余は皆之を燎く。其の牛の色は白、鹿其の中に居り、彘鹿の中に在り、水にて之を洎(ひた)す。日を祭るに牛を以てし、月を祭るに羊彘特を以てす。泰一の祝宰は則ち紫及び繡を衣る。五帝は各々其の色の如くし、日は赤、月は白。十一月辛已朔旦冬至、昧爽、天子始めて郊して泰一を拝す。朝に日を朝し、夕に月を夕すれば、則ち揖す。而して泰一に見ゆること雍の礼の如くす。其の贊饗に曰く、「天始めて宝鼎神筴を以て皇帝に授く、朔にして又朔、終はりて復た始まる、皇帝敬ひて拝し焉に見ゆ。」と。而して衣は黄を上ぶ。其の祠火を列ねて壇に満たし、壇の旁に烹炊の具あり。有司云ふ「祠上に光有り」と。公卿言ふ「皇帝始めて泰一に雲陽に郊見す、有司瑄玉嘉牲を奉じて薦饗す。是の夜美光有り、昼に及びて、黄気上りて天に属す。」と。太史公・祠官寛舒等曰く、「神霊の休、祐福兆祥なり、宜しく此の地の光域に因りて泰畤の壇を立て以て応を明らかにすべし。太祝をして領せしめ、(祀)[秋]及び臘の間に祠らしめん。三歳に天子一たび郊見せん。」と。其の秋、南越を伐たんが為に、泰一に告禱し、牡荊を以て幡に日月北斗登龍を画き、以て天一三星に象り、泰一の鋒と為し、名づけて「霊旗」と曰ふ。兵の為に禱れば、則ち太史奉じて以て伐つ所の国を指す。而して五利将軍使ひして敢へて海に入らず、泰山に之きて祠る。上人をして微かに随ひて験せしむるに、実に見る所無し。五利妄りに其の師を見たりと言ふ、其の方尽き、多く讎(あた)らず。上乃ち五利を誅す。其の冬、公孫卿神を河南に候ひ、僊人の跡を緱氏城の上に見る、物有り雉の若く、城上を往来す。天子親ら緱氏城に幸して跡を視る。卿に問ふ、「文成・五利に効ふこと毋きを得んや。」と。
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『墨子』節葬下是の故に子墨子曰く、郷に吾が本と言えらく、意うに亦た其の言をして、其の謀を用いて、厚葬久喪を計るに、誠に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からんか。則ち仁なり、義なり、孝子の事なり。人の為に謀る者は、勸めざる可からざるなり。意うに亦た其の言に法り、其の謀を用いて、人の若きの厚葬久喪、實に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からざらんか。則ち仁に非ざるなり、義に非ざるなり、孝子の事に非ざるなり。人の為に謀る者は、沮まざる可からざるなり。是の故に以て國家を富まさんことを求むるも、甚だ貧を得たり。以て人民を衆くせんと欲するも、甚だ寡を得たり。以て刑政を治めんと欲するも、甚だ亂を得たり。以て大國の小國を攻むるを禁止せんことを求むるも、既已に不可なり。以て上帝鬼神の福を千めんと欲するも、又た禍を得たり。上、之を堯舜禹湯文武の道に稽うるに、政、之に逆らう。下、之を桀紂幽厲の事に稽うるに、猶お節を合わするがごとし。若し此を以て觀れば、則ち厚葬久喪は、其れ聖王の道に非ざるなり。
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史記 扁鵲倉公列伝潘満如の病を知る所以の者は、臣意其の脈を切するに深く小さく弱く、其の卒然として合合するなり。是れ脾気なり。右の脈口の気至ること緊小にして、瘕気を見るなり。次を以て相乗ず。故に三十日にして死す。三陰倶に摶つ者は、法の如し。倶には摶たざる者は、決は急期に在り。一たび摶ち一たび代はる者は、近し。故に其の三陰摶ち、血を溲すること前の如くして止む。陽虚侯の相趙章病み、臣意を召す。衆医皆以て寒中と為す。臣意其の脈を診して曰く、「迵風なり」と。迵風なる者は、飲食嗌を下りて輒ち出でて留まらず。法に曰く、「五日にして死す」と。而るに後十日にして乃ち死す。病は之を酒に得たり。趙章の病を知る所以の者は、臣意其の脈を切するに、脈来ること滑なり。是れ内風の気なり。飲食嗌を下りて輒ち出でて留まらざる者は、法として五日にして死す。皆前の分界の法なり。後十日にして乃ち死し、期を過ぐる所以の者は、其の人粥を嗜む。故に中蔵実す。中蔵実す、故に期を過ぐ。師言ひて曰く、「穀に安んずる者は期を過ぎ、穀に安んぜざる者は期に及ばず」と。済北王病み、臣意を召して其の脈を診せしむ。曰く、「風蹶して胸満つ」と。即ち為に薬酒を為る。三石を尽くして、病已ゆ。之を汗出でて地に伏すに得たり。済北王の病を知る所以の者は、臣意其の脈を切する時、風気なり、心脈濁る。病法に「過ぎて其の陽に入り、陽気尽きて陰気入る」と。陰気入りて張れば、則ち寒気上りて熱気下る。故に胸満つ。汗出でて地に伏す者は、其の脈を切するに、気陰なり。陰気なる者は、病必ず中に入り、出づること瀺水に及ぶなり。斉の北宮司空の命婦出於病む。衆医皆以て風中に入り、病は主として肺に在りと為し、其の足の少陽の脈を刺す。臣意其の脈を診して曰く、「病は気疝にして、膀胱に客たり。前後に溲するに難くして、溺赤し。病寒気を見れば則ち遺溺し、人をして腹腫れしむ」と。出於の病は之を溺せんと欲して得ず、因りて以て接内するに得たり。
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『囲炉夜話』第三十則・身體力行凡そ事は徒らに人に委ぬる勿れ、必ず身に體し力めて行ひて、方に能く濟す有り。 凡そ事は己に執るべからず、必ず廣く思ひ益を集めて、乃ち後艱罔し。
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『呻吟語』内篇・應務・空言何ぞ益あらん為さんと欲せば便ち為せ、空言何ぞ益あらん。為さずんば便ち為さざれ、空言何ぞ益あらん。
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『後世への最大遺物』第二回・人に頼らず天と己にたよるその考えを持ったばかりでなく、その考えを実行した。その話は長うございますけれども、ついには何万石という村々を改良して、自分の身をことごとく人のために使った。旧幕の末路にあたって、経済上、農業改良上について非常の功労のあった人であります。それでわれわれもそういう人の生涯、二宮金次郎先生のような人の生涯を見ますときに、「もしあの人にもああいうことができたならば、私にもできないことはない」という考えを起します。普通の考えではありますけれども、非常に価値のある考えであります。それで人に頼らずとも、われわれが神にたより己にたよって宇宙の法則に従えば、この世界はわれわれの望むとおりになり、この世界にわが考えを行うことができるという感覚が起ってくる。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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