新語 / 資質
昔扁鵲居宋,得罪於宋君,出亡之衛,衛人有病將死者,扁鵲至其家,欲為治之。病者之父謂扁鵲曰:「言子病甚篤,將為迎良醫治,非子所能治也。」退而不用,乃使靈巫求福請命,對扁鵲而咒,病者卒死,靈巫不能治也。夫扁鵲天下之良醫,而不能與靈巫爭用者,知與不知也。故事求遠而失近,廣藏而狹棄,斯之謂也。昔宮之奇為虞公畫計,欲辭晉獻公璧馬之賂,而不假之夏陽之道,豈非金石之計哉!然虞公不聽者,惑於珍怪之寶也。鮑丘之德行,非不高於李斯、趙高也,然伏隱於蒿廬之下,而不錄於世,利口之臣害之也。
新字:昔扁鵲居宋,得罪於宋君,出亡之衛,衛人有病将死者,扁鵲至其家,欲為治之。病者之父謂扁鵲曰:「言子病甚篤,将為迎良医治,非子所能治也。」退而不用,乃使霊巫求福請命,対扁鵲而咒,病者卒死,霊巫不能治也。夫扁鵲天下之良医,而不能与霊巫争用者,知与不知也。故事求遠而失近,広蔵而狭棄,斯之謂也。昔宮之奇為虞公画計,欲辞晋献公璧馬之賂,而不仮之夏陽之道,豈非金石之計哉!然虞公不聴者,惑於珍怪之宝也。鮑丘之徳行,非不高於李斯、趙高也,然伏隠於蒿廬之下,而不録於世,利口之臣害之也。
書き下し
昔、扁鵲宋に居り、宋君に罪を得て、出でて衛に亡ぐ。衛人に病ありて将に死せんとする者有り、扁鵲其の家に至り、為に之を治せんと欲す。病者の父扁鵲に謂いて曰く、「子の病甚だ篤しと言い、将に為に良医を迎えて治せんとす。子の能く治する所に非ず」と。退けて用いず、乃ち霊巫をして福を求め命を請わしめ、扁鵲に対して咒す。病者卒に死し、霊巫も治する能わず。夫れ扁鵲は天下の良医なるに、霊巫と用いらるるを争う能わざるは、知ると知らざるとなり。故に事は遠きを求めて近きを失い、広く藏して狭く棄つと、斯の謂いなり。昔、宮之奇は虞公の為に計を画し、晋の献公の璧馬の賂を辞して、之に夏陽の道を仮さざらんと欲す。豈に金石の計に非ずや。然れども虞公聴かざるは、珍怪の宝に惑えばなり。鮑丘の徳行は、李斯・趙高より高からざるに非ざるなり。然れども蒿廬の下に伏隠して、世に録されざるは、利口の臣之を害すればなり。
現代語訳
昔、扁鵲は宋にいて宋君に罪を得、逃れて衛に行きました。衛の人に病が重く死にかけている者があり、扁鵲はその家に行って治そうとしました。病人の父は扁鵲に言いました。「あなたは病が重いと言うが、良い医者を迎えて治すつもりです。あなたの治せる病ではありません」。そうして退けて用いず、霊巫に福を求め命を請わせ、扁鵲の前で祈祷させました。病人はついに死に、霊巫も治すことはできませんでした。扁鵲は天下の名医であるのに、霊巫と用いられることを争えなかったのは、知っているか知らないかの違いです。だから物事は、遠くを求めて近くを失い、広く蔵して狭く捨てるというのは、この謂いです。昔、宮之奇は虞公のために策を立て、晋の献公の璧と馬の贈り物を断り、夏陽の道を貸さないようにしようとしました。それは金石のように堅い計ではなかったでしょうか。それでも虞公が聞かなかったのは、珍しく怪しい宝に惑ったからです。鮑丘の徳行が、李斯や趙高に劣っていたわけではありません。それでも草の庵に隠れて、世に記録されなかったのは、口のうまい臣が害したからです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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戦国策・秦二・醫扁鵲見秦武王醫扁鵲秦の武王に見ゆ。武王之に病を示し、扁鵲除かんことを請う。左右曰わく、「君の病は、耳の前、目の下に在り、之を除くも未だ必ずしも已えず、將に耳をして聰ならず、目をして明らかならざらしめんとす。」君以て扁鵲に告ぐ。扁鵲怒りて其の石を投げて曰わく、「君知る者と之を謀りて、知らざる者と之を敗る。此をして秦國の政を知らしめば、則ち君一舉にして國を亡ぼさん。」
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上譬ヘテ云ハ。世間ニ病根深キ者ハ明医ノ言ヲ信セヌ。良薬ヲ用ヒヌ。扁鵲カ斉ノ桓公ヲ見テ。君疾有リ。今膝理ニ在ルト。後五日復見テ。君ハ血脈治ラヌ。恐クハ深カラント。後五日復見テ君ノ疾腸胃ノ間ニ在リ。治セスンハ将ニ深カラント。桓公初ヨリ用ヒス。後五日ヲ歴テ。扁鵲復見ユ。桓公ヲ望見テ退キ走ル。桓公人ヲ使シテ其故ヲ問シムルニ。疾ノ勝理ニ在ルトキハ湯熨ノ及フ所。血脈ニ在ルハ鍼石ノ及フ所。其腸胃ニ在ルハ酒醪ノ及フトコロ。其骨髄ニ入テハ。タトヒ司命カ来テモ。奈之何トモナラヌ。今君ノ疾已ニ骨髄ニ入ル。臣是ヲ以テ請コトナシト。後五日アリテ。桓公体ニ病ヲ覚ユ。此時扁鵲已ニ遁レ去ル。桓公遂ニ死ス。此等ノ類。古今通シテ有ル。重病必死ノ人ハ明医ノ言ヲ信セヌモノ。又多クハ明医ニ逢ヌモノシヤ。ソノ如ク。正法ノ慧命ナキ者ハ正知見ノ人ニ逢ヌモノ。又逢テモ信セヌモノシヤ。
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史記 扁鵲倉公列伝扁鵲名天下に聞こゆ。邯鄲を過ぐるに、貴婦人を聞き、即ち帯下の医と為り、雒陽を過ぐるに、周人の老人を愛するを聞き、即ち耳目痹の医と為り、来たりて咸陽に入るに、秦人の小兒を愛するを聞き、即ち小兒の医と為る、俗に随ひて変を為す。秦の太医令李醯自ら伎の扁鵲に如かざるを知るや、人をして之を刺殺せしむ。今に至るまで天下の脈を言ふ者は、扁鵲に由るなり。
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史記 扁鵲倉公列伝其の後扁鵲虢に過ぐ。虢の太子死す。扁鵲虢の宮門の下に至り、中庶子の方を喜む者に問ひて曰く、「太子何の病ありて、国中の治穣衆事に過ぐるや」と。中庶子曰く、「太子の病は血気時ならず、交錯して泄るるを得ず、暴かに外に発し、則ち中の害と為る。精神邪気を止むる能はず、邪気畜積して泄るるを得ず。是を以て陽緩みて陰急なり。故に暴かに蹷して死す」と。扁鵲曰く、「其の死は何如なる時ぞ」と。曰く、「雞鳴より今に至る」と。曰く、「収めたるか」と。曰く、「未だし。其の死未だ半日なる能はざるなり」と。「言へ、臣は斉の勃海の秦越人なり、家は鄭に在り、未だ嘗て精光を望みて前に侍謁するを得ざるなり。太子不幸にして死すと聞く。臣能く之を生かさん」と。中庶子曰く、「先生之を誕ること無きを得んや。何を以て太子生くべしと言ふや。臣聞く、上古の時、医に兪跗有り。病を治するに湯液醴灑、鑱石撟引、案扤毒熨を以てせず、一たび撥して病の応を見、五蔵の輸に因りて、乃ち皮を割き肌を解き、脈を訣し筋を結び、髄脳を搦り、荒を揲し幕を爪し、腸胃を湔浣し、五蔵を漱滌し、精を練り形を易ふと。先生の方能く是の若くならば、則ち太子生くべきなり。是の若くなる能はずして之を生かさんと欲するは、曾ち以て咳嬰の児に告ぐべからず」と。終日、扁鵲天を仰ぎて嘆じて曰く、「夫子の方を為すや、管を以て天を窺ひ、郄を以て文を視るが若し。越人の方を為すや、脈を切り色を望み声を聴き形を写すを待たずして、病の在る所を言ふ。病の陽を聞きて、論じて其の陰を得、病の陰を聞きて、論じて其の陽を得。病の応は大表に見はる。千里を出でずして、決する者至って衆く、曲げて止むべからざるなり。子吾が言を以て誠ならずと為さば、試みに入りて太子を診よ。当に其の耳鳴りて鼻張るを聞くべし。其の両股を循りて以て陰に至らば、当に尚ほ温かなるべきなり」と。
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『新序』雜事第二扁鵲齊の桓侯に見ゆ。立つこと間有り。扁鵲曰く、君疾有りて腠理に在り。治せずんば、將に深きを恐る、と。桓侯曰く、寡人に疾無し、と。扁鵲出づ。桓侯曰く、醫の利を好むなり。不疾を治して以て功と爲さんと欲す、と。居ること十日、扁鵲復た見えて曰く、君の疾は肌膚に在り。治せずんば將に深からんとす、と。桓侯應ぜず。扁鵲出づ。桓侯悦ばず。居ること十日、扁鵲復た見えて曰く、君の疾は腸胃に在り。治せずんば將に深からんとす、と。桓侯應ぜず。扁鵲出づ。桓侯又た悦ばず。居ること十日、扁鵲復た見え、桓侯を望みて還り走る。桓侯人をして之を問わしむ。扁鵲曰く、疾の腠理に在るは、湯熨の及ぶ所なり。肌膚に在るは、鍼石の及ぶ所なり。腸胃に在るは、大劑の及ぶ所なり。骨髓に在るは、司命の柰何ともする無き所なり。今骨髓に在り。臣是を以て請う無きなり、と。居ること五日、桓侯體痛む。人をして扁鵲を索めしむるも、扁鵲已に之を秦に逃る。桓侯遂に死す。故に良醫の疾を治するや、之を腠理に攻む。此の事皆な之を小なる者に治むるなり。夫れ事の禍福も、亦た腠理の地有り。故に聖人は蚤く事に從うなり。
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説苑・辨物扁鵲趙王に過(よぎ)る。王の太子暴疾して死す。鵲宮門に造(いた)りて曰わく、「吾聞く、国中卒(にわ)かに壌土の事有りと。得(え)無ければ急有らんや。」中庶子の方を好む者之に応えて曰わく、「然り、王の太子暴疾して死せり。」扁鵲曰わく、「人言う、鄭の医秦越人能く太子を活かすと。」中庶子之を難じて曰わく、「吾聞く、上古の医を為す者を苗父と曰う。苗父の医を為すや、菅を以て席と為し、芻を以て狗と為し、北面して祝し、十言を発するのみにして、諸(もろもろ)扶けられて来たる者、挙げられて来たる者、皆平復すること故(もと)の如し。子の方能く此くの如くなるか。」扁鵲曰わく、「能わず。」又曰わく、「吾聞く、中古の医を為す者を俞柎(ゆふ)と曰う。俞柎の医を為すや、脳髄を搦(つか)み、肓莫(こうばく)を束ね、九竅を炊灼(すいしゃく)して経絡を定め、死人復た生人と為す。故に俞柎と曰う。子の方能く是くの若くなるか。」扁鵲曰わく、「能わず。」中庶子曰わく、「子の方此くの如くんば、譬えば管を以て天を窺い、錐を以て地を利するが若し。窺う所は甚だ大にして、見る所は甚だ少なし。子の方に鈞(ひと)しければ、豈に以て童子を変駭(へんがい)するに足らんや。」扁鵲曰わく、「然らず。物故(もと)より昧揥(まいてい)して蛟頭(こうとう)に中(あ)て、目を掩いて白黒を別つ者有り。太子の疾は所謂尸厥(しけつ)なる者なり。以て然らずと為さば、入りて之を診るに、太子の股陰当に温かなるべく、耳中焦焦(しょうしょう)として嘯(うそぶ)く者の声有るが然り、皆治すべきなり。」中庶子入りて趙王に報ず。趙王跣(はだし)にて門を趨(はし)り出でて曰わく、「先生遠く辱(かたじけな)くも寡人に幸臨せらる。先生幸いにして之を有せば、則ち糞土の息(そく)、天を蒙(こうむ)り地を履みて長く人と為るを得ん。先生之を有せざれば、則ち先(ま)ず犬馬とともに溝壑(こうがく)を填(う)めん。」言未だ已わらざるに、涕泣襟を沾(うるお)す。扁鵲遂に之を診す。先ず軒光の鱉(べつ)、八成の湯を造り、砥針・礪石にて三陽五輸を取る。子容薬を擣(つ)き、子明耳を吹き、陽儀神を反し、子越形を扶け、子游摩を矯む。太子遂に復生を得たり。天下之を聞き、皆曰わく、「扁鵲能く死人を生かす」と。鵲辞して曰わく、「予死人を生かす能わざるなり。特(た)だ夫の当(まさ)に生くべき者をして活かしむるのみ。夫れ死する者は猶お薬すべからずして生かすべからざるなり。悲しいかな、乱君の治、薬すべからずして息(や)まざるや。詩に曰わく、『多く熇熇(こうこう)を将(な)せば、救薬すべからず』と。甚だしきの辞なり。」
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