十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上
譬ヘテ云ハ。世間ニ病根深キ者ハ明醫ノ言ヲ信セヌ。良藥ヲ用ヒヌ。扁鵲カ齊ノ桓公ヲ見テ。君疾有リ。今膝理ニ在ルト。後五日復見テ。君ハ血脈治ラヌ。恐クハ深カラント。後五日復見テ君ノ疾腸胃ノ間ニ在リ。治セスンハ將ニ深カラント。桓公初ヨリ用ヒス。後五日ヲ歷テ。扁鵲復見ユ。桓公ヲ望見テ退キ走ル。桓公人ヲ使シテ其故ヲ問シムルニ。疾ノ勝理ニ在ルトキハ湯熨ノ及フ所。血脈ニ在ルハ鍼石ノ及フ所。其腸胃ニ在ルハ酒醪ノ及フトコロ。其骨髓ニ入テハ。タトヒ司命カ來テモ。奈之何トモナラヌ。今君ノ疾已ニ骨髓ニ入ル。臣是ヲ以テ請コトナシト。後五日アリテ。桓公體ニ病ヲ覺ユ。此時扁鵲已ニ遁レ去ル。桓公遂ニ死ス。此等ノ類。古今通シテ有ル。重病必死ノ人ハ明醫ノ言ヲ信セヌモノ。又多クハ明醫ニ逢ヌモノシヤ。ソノ如ク。正法ノ慧命ナキ者ハ正知見ノ人ニ逢ヌモノ。又逢テモ信セヌモノシヤ。
新字:譬ヘテ云ハ。世間ニ病根深キ者ハ明医ノ言ヲ信セヌ。良薬ヲ用ヒヌ。扁鵲カ斉ノ桓公ヲ見テ。君疾有リ。今膝理ニ在ルト。後五日復見テ。君ハ血脈治ラヌ。恐クハ深カラント。後五日復見テ君ノ疾腸胃ノ間ニ在リ。治セスンハ将ニ深カラント。桓公初ヨリ用ヒス。後五日ヲ歴テ。扁鵲復見ユ。桓公ヲ望見テ退キ走ル。桓公人ヲ使シテ其故ヲ問シムルニ。疾ノ勝理ニ在ルトキハ湯熨ノ及フ所。血脈ニ在ルハ鍼石ノ及フ所。其腸胃ニ在ルハ酒醪ノ及フトコロ。其骨髄ニ入テハ。タトヒ司命カ来テモ。奈之何トモナラヌ。今君ノ疾已ニ骨髄ニ入ル。臣是ヲ以テ請コトナシト。後五日アリテ。桓公体ニ病ヲ覚ユ。此時扁鵲已ニ遁レ去ル。桓公遂ニ死ス。此等ノ類。古今通シテ有ル。重病必死ノ人ハ明医ノ言ヲ信セヌモノ。又多クハ明医ニ逢ヌモノシヤ。ソノ如ク。正法ノ慧命ナキ者ハ正知見ノ人ニ逢ヌモノ。又逢テモ信セヌモノシヤ。
書き下し
譬ヘテ云ハ。世間ニ病根深キ者ハ明医ノ言ヲ信セヌ。良薬ヲ用ヒヌ。扁鵲カ斉ノ桓公ヲ見テ。君疾有リ。今膝理ニ在ルト。後五日復見テ。君ハ血脈治ラヌ。恐クハ深カラント。後五日復見テ君ノ疾腸胃ノ間ニ在リ。治セスンハ将ニ深カラント。桓公初ヨリ用ヒス。後五日ヲ歴テ。扁鵲復見ユ。桓公ヲ望見テ退キ走ル。桓公人ヲ使シテ其故ヲ問シムルニ。疾ノ勝理ニ在ルトキハ湯熨ノ及フ所。血脈ニ在ルハ鍼石ノ及フ所。其腸胃ニ在ルハ酒醪ノ及フトコロ。其骨髄ニ入テハ。タトヒ司命カ来テモ。奈之何トモナラヌ。今君ノ疾已ニ骨髄ニ入ル。臣是ヲ以テ請コトナシト。後五日アリテ。桓公体ニ病ヲ覚ユ。此時扁鵲已ニ遁レ去ル。桓公遂ニ死ス。此等ノ類。古今通シテ有ル。重病必死ノ人ハ明医ノ言ヲ信セヌモノ。又多クハ明医ニ逢ヌモノシヤ。ソノ如ク。正法ノ慧命ナキ者ハ正知見ノ人ニ逢ヌモノ。又逢テモ信セヌモノシヤ。
現代語訳
たとえて言えば、世間で病の根の深い者は名医の言葉を信じない。良い薬を用いない。扁鵲が斉の桓公に会って、「君には病があります。今は皮膚のきめ(腠理)にあります」と言った。五日後にまた会って、「君は血脈(に及んだ病)を治されません。恐らくは深くなるでしょう」と言った。五日後にまた会って、「君の病は腸と胃の間にあります。治さなければやがて深くなるでしょう」と言った。桓公は初めから用いなかった。五日を経て扁鵲がまた謁見したが、桓公を遠くから見ると退いて走り去った。桓公が人をやってそのわけを問わせると、「病が皮膚のきめにある時は、湯薬や温湿布の及ぶところです。血脈にある時は鍼や石針の及ぶところです。腸胃にある時は薬酒の及ぶところです。骨髄に入ってしまっては、たとえ司命(寿命をつかさどる神)が来ても、どうにもなりません。今、君の病はもう骨髄に入っています。私はそれゆえ何も申し上げることがないのです」と答えた。五日後、桓公は体に病を覚えた。この時、扁鵲はすでに逃げ去っていた。桓公はついに死んだ。これらの類は古今を通じてある。重い病で必ず死ぬ人は名医の言葉を信じないもので、また多くは名医に会わないものである。それと同じように、正法の慧命のない者は正しい知見の人に会わないもので、また会っても信じないものである。
解説

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論語・顔淵篇子貢、友を問う。子曰く、「忠告して善く之を道き、不可なれば則ち止む。自ら辱めらるること毋かれ。」
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自警録・第二十章 忠告の取捨・正しき時に正しき言を放つは賢人なお他人に忠告するについては、一言したいことがある。たびたび言うとおり聖人君子でないわれわれ凡人に訓戒を与えることははなはだむずかしいし、また与えたところが釈迦、孔子、耶蘇の訓戒でさえもいちいち反応ないのに、われわれの訓戒が功を奏することはおぼつかなく思う。 友人に忠告することは常にあることで、ある意味においては世にありすぎることである。こんなことまで忠告するにおよばんのにと思うことがままある。 しかし忠告する値があることについても、もっとも注意すべきは時を選ぶ一条である。友人の心の畑が耕されているや否や、英国の諺に賢人とは正しき時に、正しき言を放つ者なりとあるが、実にそのとおりで、どんな正しい言でも時ならぬ時に放てば愚人の言にも劣る。おそらく多くの人はみな経験があるだろう。 まじめになって、友人を諫めたためにあるいは友誼を破り、あるいは他人の心に反抗心を惹き起こさせて、いっそう彼を堕落せしむるの機縁となることがある。時ならぬ忠告は有害ならぬまでも、無益におわる場合多ければ、葬式に祝詞を呈し、めでたき折に泣き言を述ぶるに等しきことは常識に任せて謹みたい。 僕のたびたび引用する『菜根譚』に、 「人の悪を攻むるは太だ厳なるなかれ、その受くるに堪うるを思うを要す。人に教うるに善を以てするは、高きに過ぐるなかれ、それをして従うべからしむべし」 とある。
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『呻吟語』内篇・應務・忠告して善く之を道く今子弟の父兄の責を受くるや、尚ほ堪へざる所有り。而るに況んや他人をや。孔子曰く、「忠告して善く之を道き、不可なれば則ち止む」と。此の語は交はりを全うするに止まらず、亦た以て氣を養ふ可し。
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