新語 / 資質
𡻭𡻭結屈,委曲不同,然生於大都之廣地,近於大匠之名工,材器制斷,規矩度量,堅者補朽,短者續長,大者治罇,小者治觴,飾以丹漆,斁以明光,上備大牢,春秋禮庠,褒以文采,立禮矜莊,冠帶正容,對酒行觴,卿士列位,布陳宮堂,望之者目眩,近之者鼻芳。故事閉之則絕,次之則通,抑之則沈,興之則揚,處地楩梓,賤於枯楊,德美非不相絕也,才力非不相懸也,彼則槁枯而遠棄,此則為宗廟之瑚璉者,通與不通也。人亦猶此。夫窮澤之民,據犂接耜之士,或懷不羈之能,有禹、皋陶之美,綱紀存乎身,萬世之術藏於心;然身不容於世,無紹介通之者也。公卿之子弟,貴戚之黨友,雖無過人之能,然身在尊重之處,輔之者強而飾之眾也,靡不達也。
新字:𡻭𡻭結屈,委曲不同,然生於大都之広地,近於大匠之名工,材器制断,規矩度量,堅者補朽,短者続長,大者治罇,小者治觴,飾以丹漆,斁以明光,上備大牢,春秋礼庠,褒以文采,立礼矜荘,冠帯正容,対酒行觴,卿士列位,布陳宮堂,望之者目眩,近之者鼻芳。故事閉之則絶,次之則通,抑之則沈,興之則揚,処地楩梓,賤於枯楊,徳美非不相絶也,才力非不相懸也,彼則槁枯而遠棄,此則為宗廟之瑚璉者,通与不通也。人亦猶此。夫窮沢之民,拠犂接耜之士,或懐不羈之能,有禹、皋陶之美,綱紀存乎身,万世之術蔵於心;然身不容於世,無紹介通之者也。公卿之子弟,貴戚之党友,雖無過人之能,然身在尊重之処,輔之者強而飾之衆也,靡不達也。
書き下し
𡻭𡻭として結屈し、委曲同じからざるも、然れども大都の広地に生じ、大匠の名工に近ければ、材器制断し、規矩度量す。堅き者は朽ちたるを補い、短き者は長きを続ぎ、大なる者は罇を治め、小なる者は觴を治む。飾るに丹漆を以てし、斁うに明光を以てし、上は大牢、春秋の礼庠に備わり、褒むるに文采を以てし、礼を立てて矜荘たり。冠帯して容を正し、酒に対して觴を行り、卿士位に列し、宮堂に布陳す。之を望む者は目眩み、之に近づく者は鼻芳し。故に事は之を閉ざせば則ち絶え、之を次ぐれば則ち通じ、之を抑うれば則ち沈み、之を興せば則ち揚がる。地に処する楩梓も、枯楊より賤しきは、徳美相絶えざるに非ず、才力相懸たらざるに非ざるなり。彼は則ち槁枯して遠く棄てられ、此は則ち宗廟の瑚璉と為るは、通ずると通ぜざるとなり。人も亦猶お此のごとし。夫れ窮沢の民、犂に據り耜を接ぐの士、或いは不羈の能を懐き、禹・皋陶の美有り、綱紀は身に存し、万世の術は心に蔵す。然れども身は世に容れられざるは、紹介して之に通ずる者無ければなり。公卿の子弟、貴戚の党友は、過人の能無しと雖も、然れども身は尊重の処に在り、之を輔くる者強くして之を飾る者衆ければ、達せざる靡し。
現代語訳
ごつごつと曲がり、くねくねと形が揃わなくても、大きな都の広い土地に生え、名のある大工の近くにあれば、材を裁ち、規と矩で測られます。堅い所は朽ちた所を補い、短い所は長い所に継ぎ、大きな部分は樽に、小さな部分は杯に仕立てます。丹や漆で飾り、明るい光沢で磨き、上は大牢の祭り、春秋の礼の学び舎に備わり、文采で褒め称えられ、礼が整って厳かです。冠と帯で姿を正し、酒に向かって杯を巡らし、卿や士が位に並び、宮殿の堂に並べ置かれます。これを望む者は目がくらみ、近づく者は香りが鼻に満ちます。ですから物事は、閉ざせば絶え、次いで連ねれば通じ、抑えれば沈み、興せば揚がります。地にある楩や梓が枯れ柳より賤しいのは、徳の美しさが絶えているわけでもなく、才の力が懸け離れているわけでもありません。あれは枯れて遠くに棄てられ、これは宗廟の瑚璉となったのは、通じたか通じなかったかの違いです。人もまた同じです。貧しい沢辺の民、犂にもたれ耜を持つ士の中にも、抑えられない才能を抱き、禹や皋陶のような美質があり、法や規律が身に備わり、万世の術を心に蔵している者がいます。それなのに世に受け入れられないのは、紹介して引き合わせる者がいないからです。公卿の子弟や外戚の仲間たちは、人並み外れた能力がなくても、尊い地位におり、助ける者が強く飾る者も多いので、世に出られない者はありません。
解説
この章句が説くこと
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