新序 / 雜事第二
扁鵲見齊桓侯,立有間,扁鵲曰:「君有疾在腠理,不治,將恐深。」桓侯曰:「寡人無疾。」扁鵲出,桓侯曰:「醫之好利也,欲治不疾以為功。」居十日,扁鵲復見曰:「君之疾在肌膚,不治將深。」桓侯不應。扁鵲出,桓侯不悦。居十日,扁鵲復見曰:「君之疾在腸胄不治將深。」桓侯不應。扁鵲出,桓侯又不悦。居十日,扁鵲復見,望桓侯而還走。桓侯使人問之,扁鵲曰:「疾在腠理,湯熨之所及也;在肌膚,鍼石之所及也;在腸,胄大劑之所及也;在骨髓,司命之所無柰何也;今在骨髓,臣是以無請也。」居五日,桓侯體痛,使人索扁鵲,扁鵲已逃之秦矣桓侯遂死,故良醫之治疾也,攻之於腠理。此事皆治之於小者也。夫事之禍福,亦有腠理之地。故聖人蚤從事矣。
新字:扁鵲見斉桓侯,立有間,扁鵲曰:「君有疾在腠理,不治,将恐深。」桓侯曰:「寡人無疾。」扁鵲出,桓侯曰:「医之好利也,欲治不疾以為功。」居十日,扁鵲復見曰:「君之疾在肌膚,不治将深。」桓侯不応。扁鵲出,桓侯不悦。居十日,扁鵲復見曰:「君之疾在腸胄不治将深。」桓侯不応。扁鵲出,桓侯又不悦。居十日,扁鵲復見,望桓侯而還走。桓侯使人問之,扁鵲曰:「疾在腠理,湯熨之所及也;在肌膚,鍼石之所及也;在腸,胄大剤之所及也;在骨髄,司命之所無柰何也;今在骨髄,臣是以無請也。」居五日,桓侯体痛,使人索扁鵲,扁鵲已逃之秦矣桓侯遂死,故良医之治疾也,攻之於腠理。此事皆治之於小者也。夫事之禍福,亦有腠理之地。故聖人蚤従事矣。
書き下し
扁鵲齊の桓侯に見ゆ。立つこと間有り。扁鵲曰く、君疾有りて腠理に在り。治せずんば、將に深きを恐る、と。桓侯曰く、寡人に疾無し、と。扁鵲出づ。桓侯曰く、醫の利を好むなり。不疾を治して以て功と爲さんと欲す、と。居ること十日、扁鵲復た見えて曰く、君の疾は肌膚に在り。治せずんば將に深からんとす、と。桓侯應ぜず。扁鵲出づ。桓侯悦ばず。居ること十日、扁鵲復た見えて曰く、君の疾は腸胃に在り。治せずんば將に深からんとす、と。桓侯應ぜず。扁鵲出づ。桓侯又た悦ばず。居ること十日、扁鵲復た見え、桓侯を望みて還り走る。桓侯人をして之を問わしむ。扁鵲曰く、疾の腠理に在るは、湯熨の及ぶ所なり。肌膚に在るは、鍼石の及ぶ所なり。腸胃に在るは、大劑の及ぶ所なり。骨髓に在るは、司命の柰何ともする無き所なり。今骨髓に在り。臣是を以て請う無きなり、と。居ること五日、桓侯體痛む。人をして扁鵲を索めしむるも、扁鵲已に之を秦に逃る。桓侯遂に死す。故に良醫の疾を治するや、之を腠理に攻む。此の事皆な之を小なる者に治むるなり。夫れ事の禍福も、亦た腠理の地有り。故に聖人は蚤く事に從うなり。
現代語訳
扁鵲が斉の桓侯に謁見した。しばらく立っていて、扁鵲は言った。「君には病があって皮膚の浅いところにあります。治さなければ、深くなるのが心配です」。桓侯は言った。「私に病はない」。扁鵲は出た。桓侯は言った。「医者は利を好むものだ。病でもないものを治して手柄にしようとしている」。十日たって、扁鵲がまた謁見して言った。「君の病は肌肉にあります。治さなければ深くなります」。桓侯は答えなかった。扁鵲は出た。桓侯は不機嫌になった。十日たって、扁鵲がまた謁見して言った。「君の病は腸胃にあります。治さなければ深くなります」。桓侯は答えなかった。扁鵲は出た。桓侯はまた不機嫌になった。十日たって、扁鵲は謁見し、桓侯を見るなり引き返して走り去った。桓侯は人をやって問わせた。扁鵲は言った。「病が皮膚の浅いところにあるうちは、湯や温めが届きます。肌肉にあるうちは、鍼や石針が届きます。腸胃にあるうちは、強い薬が届きます。骨髄に入れば、命を司る神でもどうにもできません。いまは骨髄にあります。だから臣は何も申し上げなかったのです」。五日たって、桓侯は体が痛みだした。人をやって扁鵲を探させたが、扁鵲はすでに秦へ逃れていた。桓侯はついに死んだ。だから良医が病を治すときは、皮膚の浅いところで攻める。これはいずれも小さいうちに治すということである。そもそも物事の禍福にも、また皮膚の浅いところという段階がある。だから聖人は早くから手をつけるのである。
解説
この章句が説くこと
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史記 扁鵲倉公列伝扁鵲齊を過ぐ、齊の桓侯之を客とす。入朝して見え、曰く、「君疾の腠理に在る有り、治せずんば将に深からんとす」と。桓侯曰く、「寡人疾無し」と。扁鵲出づ、桓侯左右に謂ひて曰く、「医の利を好むや、疾ならざる者を以て功と為さんと欲す」と。後五日、扁鵲復た見えて、曰く、「君疾の血脈に在る有り、治せずんば深きを恐る」と。桓侯曰く、「寡人疾無し」と。桓侯悦ばず。後五日、扁鵲復た見えて、曰く、「君疾の腸胃の閒に在る有り、治せずんば将に深からんとす」と。桓侯応ぜず。後五日、扁鵲復た見え、桓侯を望み見て退き走る。桓侯人をして其の故を問はしむ。扁鵲曰く、「疾の腠理に居るや、湯熨の及ぶ所なり、血脈に在れば、鍼石の及ぶ所なり、其れ腸胃に在れば、酒醪の及ぶ所なり、其れ骨髄に在れば、司命と雖も之を柰何ともする無し。今骨髄に在り、臣是を以て請ふ無きなり」と。後五日、桓侯体病み、人をして扁鵲を召さしむるも、扁鵲已に逃げ去る。桓侯遂に死す。
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説苑・辨物扁鵲趙王に過(よぎ)る。王の太子暴疾して死す。鵲宮門に造(いた)りて曰わく、「吾聞く、国中卒(にわ)かに壌土の事有りと。得(え)無ければ急有らんや。」中庶子の方を好む者之に応えて曰わく、「然り、王の太子暴疾して死せり。」扁鵲曰わく、「人言う、鄭の医秦越人能く太子を活かすと。」中庶子之を難じて曰わく、「吾聞く、上古の医を為す者を苗父と曰う。苗父の医を為すや、菅を以て席と為し、芻を以て狗と為し、北面して祝し、十言を発するのみにして、諸(もろもろ)扶けられて来たる者、挙げられて来たる者、皆平復すること故(もと)の如し。子の方能く此くの如くなるか。」扁鵲曰わく、「能わず。」又曰わく、「吾聞く、中古の医を為す者を俞柎(ゆふ)と曰う。俞柎の医を為すや、脳髄を搦(つか)み、肓莫(こうばく)を束ね、九竅を炊灼(すいしゃく)して経絡を定め、死人復た生人と為す。故に俞柎と曰う。子の方能く是くの若くなるか。」扁鵲曰わく、「能わず。」中庶子曰わく、「子の方此くの如くんば、譬えば管を以て天を窺い、錐を以て地を利するが若し。窺う所は甚だ大にして、見る所は甚だ少なし。子の方に鈞(ひと)しければ、豈に以て童子を変駭(へんがい)するに足らんや。」扁鵲曰わく、「然らず。物故(もと)より昧揥(まいてい)して蛟頭(こうとう)に中(あ)て、目を掩いて白黒を別つ者有り。太子の疾は所謂尸厥(しけつ)なる者なり。以て然らずと為さば、入りて之を診るに、太子の股陰当に温かなるべく、耳中焦焦(しょうしょう)として嘯(うそぶ)く者の声有るが然り、皆治すべきなり。」中庶子入りて趙王に報ず。趙王跣(はだし)にて門を趨(はし)り出でて曰わく、「先生遠く辱(かたじけな)くも寡人に幸臨せらる。先生幸いにして之を有せば、則ち糞土の息(そく)、天を蒙(こうむ)り地を履みて長く人と為るを得ん。先生之を有せざれば、則ち先(ま)ず犬馬とともに溝壑(こうがく)を填(う)めん。」言未だ已わらざるに、涕泣襟を沾(うるお)す。扁鵲遂に之を診す。先ず軒光の鱉(べつ)、八成の湯を造り、砥針・礪石にて三陽五輸を取る。子容薬を擣(つ)き、子明耳を吹き、陽儀神を反し、子越形を扶け、子游摩を矯む。太子遂に復生を得たり。天下之を聞き、皆曰わく、「扁鵲能く死人を生かす」と。鵲辞して曰わく、「予死人を生かす能わざるなり。特(た)だ夫の当(まさ)に生くべき者をして活かしむるのみ。夫れ死する者は猶お薬すべからずして生かすべからざるなり。悲しいかな、乱君の治、薬すべからずして息(や)まざるや。詩に曰わく、『多く熇熇(こうこう)を将(な)せば、救薬すべからず』と。甚だしきの辞なり。」
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