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臣軌 / 卷下 利人章

《賈子》曰:“上古之代,務在勸農,故三年耕而餘一年之蓄,九年耕而餘三年之蓄,三十年耕而人餘十年之蓄。故堯水九年,湯旱七載,野無青草而人無饑色者,誠有此備也。”故建國之本,必在於農。忠臣之思利人者,務在勸導,家給人足,則國自安焉。論曰:夫君臣之道,上下相資,喻涉水之舟航,比翔空之羽翼。故至神攸契,則星象降於穹蒼;妙感潛通,則風雲彰於寤寐。其同體也,則股肱耳目不足以匹其同;其益政也,則麹蘖鹽梅未可以方其益。諒直之操由此而興,節義之風因斯以著。是知家與國而不異,君與親而一歸。顯己揚名,惟忠惟孝。每以宮闈暇景,博覽瓊編,觀往哲之弼諧,睹前言之龜鏡,未嘗不臨文嗟尚,撫卷循環。庶令匡翊之賢,更越夔、龍之美,爰申翰墨,載列縑緗。何則?榮辱無門,惟人所召。若使心歸大道,情切至忠,務守公平,貴敦誠信,抱廉潔而為行,懷慎密以修身,奉上崇匡諫之規,恤下思利人之術,自然名實兼茂,祿位俱延,榮不召而自來,辱不遣而斯去。然則忠正者致福之本,戒慎者集慶之源,若影隨形,猶聲逐響。凡百群彥,可不勖歟!撰臣軌下終

新字:《賈子》曰:“上古之代,務在勧農,故三年耕而余一年之蓄,九年耕而余三年之蓄,三十年耕而人余十年之蓄。故堯水九年,湯旱七載,野無青草而人無饑色者,誠有此備也。”故建国之本,必在於農。忠臣之思利人者,務在勧導,家給人足,則国自安焉。論曰:夫君臣之道,上下相資,喩渉水之舟航,比翔空之羽翼。故至神攸契,則星象降於穹蒼;妙感潜通,則風雲彰於寤寐。其同体也,則股肱耳目不足以匹其同;其益政也,則麹蘖塩梅未可以方其益。諒直之操由此而興,節義之風因斯以著。是知家与国而不異,君与親而一帰。顕己揚名,惟忠惟孝。毎以宮闈暇景,博覧瓊編,観往哲之弼諧,睹前言之亀鏡,未嘗不臨文嗟尚,撫巻循環。庶令匡翊之賢,更越夔、竜之美,爰申翰墨,載列縑緗。何則?栄辱無門,惟人所召。若使心帰大道,情切至忠,務守公平,貴敦誠信,抱廉潔而為行,懐慎密以修身,奉上崇匡諫之規,恤下思利人之術,自然名実兼茂,禄位倶延,栄不召而自来,辱不遣而斯去。然則忠正者致福之本,戒慎者集慶之源,若影随形,猶声逐響。凡百群彦,可不勖歟!撰臣軌下終

書き下し

『賈子』に曰く、「上古の代は、務め農を勧むるに在り。故に三年耕して一年の蓄え余り、九年耕して三年の蓄え余り、三十年耕して人に十年の蓄え余る。故に堯の水九年、湯の旱七載、野に青草無くして人に饑色無き者は、誠に此の備え有ればなり」と。故に国を建つるの本は、必ず農に在り。忠臣の人を利せんことを思う者は、務め勧導に在り。家給り人足れば、則ち国自ずから安んず。論に曰く、夫れ君臣の道は、上下相資る。水を渉るの舟航に喩え、空を翔るの羽翼に比す。故に至神攸に契えば、則ち星象穹蒼より降り、妙感潜かに通ずれば、則ち風雲寤寐に彰わる。其の体を同じくするや、則ち股肱耳目も以て其の同じきに匹するに足らず、其の政を益すや、則ち麹蘖塩梅も未だ以て其の益に方ぶ可からず。諒直の操は此れに由りて興り、節義の風は斯れに因りて以て著る。是に知る、家と国とは異ならず、君と親とは一に帰すと。己を顕し名を揚ぐるは、惟れ忠惟れ孝なり。毎に宮闈の暇景を以て、博く瓊編を覧、往哲の弼諧を観、前言の亀鏡を睹るに、未だ嘗て文に臨みて嗟尚し、巻を撫して循環せずんばあらず。庶わくは匡翊の賢をして、更に夔・竜の美を越えしめんことを。爰に翰墨を申べ、載せて縑緗に列ぬ。何となれば則ち、栄辱は門無く、惟だ人の召く所なればなり。若し心をして大道に帰せしめ、情は至忠に切に、務めて公平を守り、貴んで誠信を敦くし、廉潔を抱きて行いと為し、慎密を懐きて以て身を修め、上に奉じては匡諫の規を崇び、下を恤みては利人の術を思わしめば、自然に名実兼ねて茂り、禄位倶に延び、栄は召かずして自ら来たり、辱は遣らずして斯に去らん。然らば則ち忠正なる者は福を致すの本、戒慎なる者は慶を集むるの源にして、影の形に随うが若く、猶お声の響きを逐うがごとし。凡百の群彦、勖めざる可けんや。撰臣軌下終。

現代語訳

『賈子』(前漢の賈誼の『新書』)にこうある。「大昔の時代は、農業を勧めることに努めた。だから三年耕せば一年分の蓄えが余り、九年耕せば三年分の蓄えが余り、三十年耕せば人々に十年分の蓄えが余った。それゆえ堯の時代の九年の大水、湯王の時代の七年の日照りにも、野に青い草一本なかったのに人々に飢えた顔色がなかったのは、まことにこの備えがあったからである」。だから国を建てる根本は必ず農業にある。人を利することを思う忠臣は、農業を勧め導くことに努める。家々が満ち足り人々が足りれば、国は自然と安らかになる。論じて言う。君臣の道とは、上下が互いに頼り合うことである。それは水を渡る舟に喩えられ、空を飛ぶ翼に比べられる。だから君臣の心がこの上なく霊妙に通い合えば、星の象が天から降り、不思議な感応がひそかに通じれば、風雲が夢の中にまで現れる。君臣が体を同じくするさまは、手足や耳目でさえその一体ぶりには及ばず、臣が政治に益をもたらすさまは、酒を造る麹や、あつものを調える塩と梅でさえその益には比べられない。誠実でまっすぐな節操はここから興り、節義の気風はこれによって明らかになる。ここから分かるのは、家と国とは異ならず、君と親とは一つに帰するということである。自分を世に現し名を揚げる道は、ただ忠と孝にある。私はいつも宮中の暇な折に、広く珠玉の書物を読み、昔の賢人が君を補佐して和したさまを見、先人の言葉という手本を見ると、文章に向かって感嘆し、書物を撫でて繰り返し読まずにはいられなかった。願わくは、君を正し助ける賢臣たちが、夔や竜(舜の名臣)の美しさをさらに越えてほしい。そこで筆墨を執り、書き連ねて絹の書物に載せたのである。なぜなら、栄誉にも恥辱にも決まった門はなく、ただ人が自ら招くものだからである。もし心を大いなる道に帰し、至高の忠を切に思い、努めて公平を守り、誠信を厚く尊び、廉潔を身の行いとし、慎密を抱いて身を修め、上に仕えては諫めの規範を尊び、下をいたわっては人を利する術を思うならば、自然と名声と実質がともに栄え、禄と位がともに延び、栄誉は招かなくても自然にやって来て、恥辱は追い払わなくても去っていくであろう。そうであれば、忠正こそ福を招く根本であり、戒め慎むことこそ喜びを集める源であって、それは影が形に従い、こだまが声を追うようなものである。多くの俊才たちよ、努めずにいられようか。臣軌下巻おわり。

解説

利人章と全巻の結びで、賈誼の『新書』を引いて農業の備えを説いたあと、「論に曰く」として書全体をまとめる一段である。三十年耕せば十年分の蓄えができ、だから堯の大水や湯王の日照りにも民は飢えなかったという。続く論では、君臣は舟と水、翼と空の関係であり、家と国、君と親は一つに帰すると述べ、同体・至忠・守道・公正・匡諫・誠信・慎密・廉潔・良将・利人の十章の徳目を一文に並べ直す。それを守れば栄誉は招かずとも来て、恥辱は追わずとも去る、栄辱は人が自ら招くものだと結ぶ。注はこの句が『左伝』の「禍福は門無し、惟だ人の召く所」を踏まえると記す。十の心得を最後に一息でまとめ直す構成は、今の行動指針の結びとしても参考になる。

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