臣軌 / 卷下 利人章
故人足者、非獨人之足、國之足也、人匱者、非獨人之匱、國之匱也。是以《論語》云:“百姓不足、君孰與足?”故助君而恤人者、至忠之遠謀也、損下而益上者、人臣之淺慮也。
新字:故人足者、非独人之足、国之足也、人匱者、非独人之匱、国之匱也。是以《論語》云:“百姓不足、君孰与足?”故助君而恤人者、至忠之遠謀也、損下而益上者、人臣之浅慮也。
書き下し
故に人足る者は、独り人の足るのみに非ず、国の足るなり。人匱しき者は、独り人の匱しきのみに非ず、国の匱しきなり。是を以て論語に云う、「百姓足らずんば、君たれと与にか足らん」と。故に君を助けて人を恤む者は、至忠の遠謀なり。下を損じて上を益す者は、人臣の浅慮なり。
現代語訳
だから民が足りているというのは、民だけが足りているのではなく、国が足りているのである。民が乏しいというのは、民だけが乏しいのではなく、国が乏しいのである。だから論語にいう、「百姓が足りなければ、君は誰とともに足りるというのか」と。だから君を助けて民を憐れむ者は、至上の忠がもつ遠い謀である。下を損なって上を益する者は、臣下の浅い考えである。
解説
「下を損じて上を益す」を、悪ではなく浅慮と呼んでいるのが的確である。悪意で搾るのではない。上を益しているつもりで、実は全体を痩せさせていることに気づいていないだけだ、と。だから対になるのは「至忠の遠謀」——遠くまで見た謀である。時間の射程の違いとして忠を測っている。同じ章の前段には「足寒ければ心を傷り、人労すれば国を傷る。心を養う者はその足を寒からしめず、国を為む者はその人を労せしめず」ともある。末端の冷えが中枢を痛める、という身体の比喩は、臣軌が第一章の同体論から一貫して使ってきたものである。
この章句が説くこと
下を損じて上を益すは浅慮至忠の遠謀百姓足らずんば君たれと与にか足らん足寒ければ心を傷る
関連する章句
-
『臣軌』卷下 利人章それ衣食は人の本なり。人は国の本なり。人の衣食を恃むは、猶お魚の水を待つがごとし。国の人を恃むは、人の足に倚るがごとし。魚は水無ければ則ち以て生くべからず、人は足無ければ則ち以て歩むべからず。故に夏禹称す、「人に食無ければ則ち我れ使う能わざるなり。功成りて人に利あらざれば、則ち我れ勧むる能わざるなり」と。是を以て臣たるの忠なる者は、先ず人に利す。
-
『臣軌』卷上 至忠章利は並ぶべからず、忠は兼ぬべからず。小利を去らざれば、則ち大利は得られず、小忠を去らざれば、則ち大忠は至らず。故に小利は大利の残なり、小忠は大忠の賊なり。
-
『臣軌』卷上 至忠章蓋し聞く、古の忠臣その君に事うるや、心を尽くし、力を尽くす。才に称いて位に居り、能に称いて禄を受く。面に誉めて以て親を求めず、愉悦して以て苟合せず。公家の利、知りて為さざる無し。上は以て主を尊び国を安んずるに足り、下は以て財を豊かにし人を阜かにするに足る。内は君の過ちを匡し、外は君の美を揚ぐ。邪を以て正を損せず、私の為に公を害せず。善を見ればこれを行うこと及ばざるが如く、賢を見ればこれを挙ぐること逮ばざるが如し。力を竭くし労を尽くして其の報いを望まず、功を程り事を積みて其の賞を求めず。国に益有るに務め、人に済い有るに務む。
-
『臣軌』卷上 至忠章故に親に事えて親の知る所と為らざるは、これ孝の未だ至らざるなり。君に事えて君の知る所と為らざるは、これ忠の未だ至らざるなり。古語に云う、「忠臣を求めんと欲せば、孝子の門より出づ」と。それ純孝の者に非ざれば、則ち大忠を立つる能わず。
-
論語・顔淵篇哀公、有若に問いて曰く、「年饑えて、用足らず。之を如何。」有若対えて曰く、「盍ぞ徹せざる。」曰く、「二すら、吾猶お足らず。之を如何ぞ其れ徹せんや。」対えて曰く、「百姓足らば、君孰と与にか足らざらん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。」
-
孟子・告子章句下孟子曰く、「今の君に事うる者は曰く、『我能く君の為に土地を辟き、府庫を充たす。』今の所謂良臣は、古の所謂民の賊なり。君、道に鄉わず、仁に志さざるに、而も之を富まさんことを求む。是れ桀を富ますなり。『我能く君の為に與國を約し、戰えば必ず克つ。』今の所謂良臣は、古の所謂民の賊なり。君、道に鄉わず、仁に志さざるに、而も之が為に強戰せんことを求む。是れ桀を輔くるなり。今の道に由り、今の俗を變ずること無くば、之に天下を與うと雖も、一朝も居ること能わざるなり。」