臣軌 / 卷下 利人章
《管子》曰:“佐國之道,必先富人。人富則易化。是以七十九代之君,法製不一。然俱王天下者,必國富而粟多。粟生於農,故先王貴之。勸農之急,必先禁末作;末作禁,則人無遊食;人無遊食,則務農;務農則田墾;田墾則粟多;粟多則人富。是以古之禁末作者,所以利農事也。至如綺繡纂組,雕文刻鏤,或破金為碎,或以易就難,皆非久固之資,徒豔凡庸之目。如此之類,為害實深。故好農功者,雖利遲而後富;好末作者,雖利速而後貧。但常人之情,罕能遠計,棄本逐末,十室而九。才逢水旱,儲蓄皆虛,良為此也。故善為臣者,必先為君除害興利。所謂除害者,末作也;所謂興利者,農功也。夫足寒傷心,人勞傷國,自然之理也。養心者不寒其足,為國者不勞其人。臣之與主,共養黎元,必當省徭輕賦,以廣人財;不奪人時,以足人用。夫人之於君,猶子於父母,未有子貧而父母富,子富而父母貧。
新字:《管子》曰:“佐国之道,必先富人。人富則易化。是以七十九代之君,法製不一。然倶王天下者,必国富而粟多。粟生於農,故先王貴之。勧農之急,必先禁末作;末作禁,則人無遊食;人無遊食,則務農;務農則田墾;田墾則粟多;粟多則人富。是以古之禁末作者,所以利農事也。至如綺繍纂組,雕文刻鏤,或破金為砕,或以易就難,皆非久固之資,徒艶凡庸之目。如此之類,為害実深。故好農功者,雖利遅而後富;好末作者,雖利速而後貧。但常人之情,罕能遠計,棄本逐末,十室而九。才逢水旱,儲蓄皆虚,良為此也。故善為臣者,必先為君除害興利。所謂除害者,末作也;所謂興利者,農功也。夫足寒傷心,人労傷国,自然之理也。養心者不寒其足,為国者不労其人。臣之与主,共養黎元,必当省徭軽賦,以広人財;不奪人時,以足人用。夫人之於君,猶子於父母,未有子貧而父母富,子富而父母貧。
書き下し
『管子』に曰く、「国を佐くるの道は、必ず先ず人を富ます。人富めば則ち化し易し。是を以て七十九代の君、法製一ならず。然れども倶に天下に王たる者は、必ず国富みて粟多ければなり。粟は農に生ず、故に先王之を貴ぶ。農を勧むるの急は、必ず先ず末作を禁ず。末作禁ぜらるれば、則ち人に遊食無し。人に遊食無ければ、則ち農を務む。農を務むれば則ち田墾かる。田墾かるれば則ち粟多し。粟多ければ則ち人富む。是を以て古の末作を禁ずる者は、農事を利する所以なり」と。綺繡纂組、雕文刻鏤の如きに至りては、或いは金を破りて砕と為し、或いは易きを以て難きに就く。皆久固の資に非ず、徒らに凡庸の目を艶やかにするのみ。此くの如きの類、害を為すこと実に深し。故に農功を好む者は、利遅しと雖も後に富み、末作を好む者は、利速やかなりと雖も後に貧し。但だ常人の情は、罕に能く遠く計り、本を棄てて末を逐う者、十室にして九なり。才かに水旱に逢えば、儲蓄皆虚しきは、良に此れが為なり。故に善く臣たる者は、必ず先ず君の為に害を除き利を興す。所謂害を除くとは、末作なり。所謂利を興すとは、農功なり。夫れ足寒ければ心を傷り、人労すれば国を傷る、自然の理なり。心を養う者は其の足を寒くせず、国を為むる者は其の人を労せず。臣の主と与に、共に黎元を養うは、必ず当に徭を省き賦を軽くし、以て人の財を広め、人の時を奪わず、以て人の用を足すべし。夫れ人の君に於けるは、猶お子の父母に於けるがごとし。未だ子貧しくして父母富み、子富みて父母貧しきもの有らず。
現代語訳
『管子』(治国篇)にこうある。「国を助ける道は、必ずまず人民を豊かにすることである。人民が豊かになれば教化しやすい。だから七十九代の君主たちは、法制はそれぞれ異なっていたが、みな天下の王となれたのは、必ず国が豊かで穀物が多かったからである。穀物は農業から生まれる。だから先王は農業を尊んだ。農業を勧めるうえで急ぐべきことは、必ずまず末業(ぜいたく品を作る工芸)を禁じることである。末業が禁じられれば、人民に働かずに食う者がいなくなる。働かずに食う者がいなくなれば、農業に励む。農業に励めば田畑が開墾される。田畑が開墾されれば穀物が多くなる。穀物が多くなれば人民は豊かになる。だから昔の人が末業を禁じたのは、農業を利するためであった」。あや絹や刺繍、組紐、彫刻や細工のようなものは、金を砕いて細工にしたり、易しいものをわざわざ難しく作ったりする。どれも長持ちする財ではなく、ただ凡庸な人の目を楽しませるだけである。このようなものは、実に深い害をなす。だから農業を好む者は、利益は遅くても後には豊かになり、末業を好む者は、利益は速くても後には貧しくなる。ただ普通の人の心は、遠い先まで考えることがまれで、根本を捨てて末を追う者が十軒に九軒もある。少しでも水害や日照りにあえば、蓄えがすっかり空になってしまうのは、まさにこのためである。だから優れた臣は、必ずまず君のために害を除き利を興す。いわゆる害を除くとは末業を抑えることであり、利を興すとは農業を盛んにすることである。足が冷えれば心臓を損ない、人民が疲れれば国を損なうのは、自然の道理である。心臓を養う者は足を冷やさず、国を治める者は人民を疲れさせない。臣が主君とともに人民を養うには、必ず労役を減らし税を軽くして人民の財を増やし、農事の時期を奪わずに人民の用を満たさなければならない。人民と君の関係は、子と父母のようなものである。子が貧しいのに父母が富み、子が富んでいるのに父母が貧しいということは、いまだかつてない。
解説
関連する章句
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『管子』治國凡そ國を治むるの道は、必ず先ず民を富ます。民富めば則ち治め易きなり。民貧しければ則ち治め難きなり。奚を以て其の然るを知るや。民富めば則ち鄉に安んじ家を重んず。鄉に安んじ家を重んずれば則ち上を敬い罪を畏る。上を敬い罪を畏るれば則ち治め易きなり。民貧しければ則ち鄉を危うくし家を輕んず。鄉を危うくし家を輕んずれば則ち敢えて上を陵ぎ禁を犯す。上を陵ぎ禁を犯せば則ち治め難きなり。故に治國は常に富み、亂國は常に貧し。是を以て善く國を為むる者は、必ず先ず民を富まし、然る後に之を治む。昔者七十九代の君、法制一ならず、號令同じからざるも、然れども俱に天下に王たりし者は、何ぞや。必ず國富みて粟多ければなり。夫れ國を富まし粟を多くするは、農より生ず、故に先王之を貴ぶ。
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『管子』治國凡そ國を為むるの急なる者は、必ず先ず末作文巧を禁ず。末作文巧禁ぜらるれば、則ち民に游食する所無し。民に游食する所無ければ、則ち必ず農す。民農を事とすれば則ち田墾かれ、田墾かるれば則ち粟多く、粟多ければ則ち國富み、國富める者は兵彊く、兵彊き者は戰い勝ち、戰い勝つ者は地廣し。是を以て先王は民を衆くし、兵を彊くし、地を廣くし、國を富ますは必ず粟より生ずるを知る、故に末作を禁じ、奇巧を止めて、農事を利す。今末作奇巧を為す者は、一日作りて五日食う。農夫は歲を終うるの作、以て自ら食するに足らざるなり。然らば則ち民は本事を舍てて末作を事とす。本事を舍てて末作を事とすれば、則ち田荒れて國貧しきなり。
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『臣軌』卷下 利人章『賈子』に曰く、「上古の代は、務め農を勧むるに在り。故に三年耕して一年の蓄え余り、九年耕して三年の蓄え余り、三十年耕して人に十年の蓄え余る。故に堯の水九年、湯の旱七載、野に青草無くして人に饑色無き者は、誠に此の備え有ればなり」と。故に国を建つるの本は、必ず農に在り。忠臣の人を利せんことを思う者は、務め勧導に在り。家給り人足れば、則ち国自ずから安んず。論に曰く、夫れ君臣の道は、上下相資る。水を渉るの舟航に喩え、空を翔るの羽翼に比す。故に至神攸に契えば、則ち星象穹蒼より降り、妙感潜かに通ずれば、則ち風雲寤寐に彰わる。其の体を同じくするや、則ち股肱耳目も以て其の同じきに匹するに足らず、其の政を益すや、則ち麹蘖塩梅も未だ以て其の益に方ぶ可からず。諒直の操は此れに由りて興り、節義の風は斯れに因りて以て著る。是に知る、家と国とは異ならず、君と親とは一に帰すと。己を顕し名を揚ぐるは、惟れ忠惟れ孝なり。毎に宮闈の暇景を以て、博く瓊編を覧、往哲の弼諧を観、前言の亀鏡を睹るに、未だ嘗て文に臨みて嗟尚し、巻を撫して循環せずんばあらず。庶わくは匡翊の賢をして、更に夔・竜の美を越えしめんことを。爰に翰墨を申べ、載せて縑緗に列ぬ。何となれば則ち、栄辱は門無く、惟だ人の召く所なればなり。若し心をして大道に帰せしめ、情は至忠に切に、務めて公平を守り、貴んで誠信を敦くし、廉潔を抱きて行いと為し、慎密を懐きて以て身を修め、上に奉じては匡諫の規を崇び、下を恤みては利人の術を思わしめば、自然に名実兼ねて茂り、禄位倶に延び、栄は召かずして自ら来たり、辱は遣らずして斯に去らん。然らば則ち忠正なる者は福を致すの本、戒慎なる者は慶を集むるの源にして、影の形に随うが若く、猶お声の響きを逐うがごとし。凡百の群彦、勖めざる可けんや。撰臣軌下終。
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『管子』治國所謂利を興すとは、農事を利するなり。所謂害を除くとは、農事を害するを禁ずるなり。農事勝れば則ち粟を入るること多く、粟を入るること多ければ則ち國富み、國富めば則ち鄉に安んじ家を重んず。鄉に安んじ家を重んずれば、則ち俗を變じ習を易え、衆を敺り民を移し、之を殺すに至ると雖も、民惡まざるなり。此れ粟に務むるの功なり。上農を利せざれば則ち粟少なく、粟少なければ則ち人貧しく、人貧しければ則ち家を輕んじ、家を輕んずれば則ち去り易く、去り易ければ則ち上令必ずしも行う能わず、上令必ずしも行う能わざれば則ち禁必ずしも止むる能わず、禁必ずしも止むる能わざれば則ち戰いて必ずしも勝たず、守りて必ずしも固からず。夫れ令必ずしも行われず、禁必ずしも止まらず、戰いて必ずしも勝たず、守りて必ずしも固からざる、之を命づけて寄生の君と曰う。此れ農を利せず粟少なきの害に由るなり。粟なる者は、王の本事なり、人主の大務、人を有つの塗、國を治むるの道なり。
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『臣軌』卷下 利人章それ衣食は人の本なり。人は国の本なり。人の衣食を恃むは、猶お魚の水を待つがごとし。国の人を恃むは、人の足に倚るがごとし。魚は水無ければ則ち以て生くべからず、人は足無ければ則ち以て歩むべからず。故に夏禹称す、「人に食無ければ則ち我れ使う能わざるなり。功成りて人に利あらざれば、則ち我れ勧むる能わざるなり」と。是を以て臣たるの忠なる者は、先ず人に利す。
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『管子』君臣下明君上に在り、忠臣之を佐くれば、則ち民を齊うるに政刑を以てす。衣食の利に牽かるる、故に愿にして使い易く、愚にして塞ぎ易し。君子は道に食み、小人は力に食む、民を分かつなり。威は勢無ければ立つ所無く、事は為す無ければ生ずる所無し。此くの若くんば則ち國平らかにして姦省かる。君子道に食めば、則ち義審らかにして禮明らかなり。義審らかにして禮明らかなれば、則ち倫等踰えず。偏卒の大夫有りと雖も、敢えて幸心有らざれば、則ち上に危うき無し。齊民力に食めば、則ち本を作す。本を作す者衆ければ、農以て命を聽く。是を以て明君世に立つや、民の上に制せらるるは、猶お草木の時に制せらるるがごときなり。故に民迂れば則ち之を流し、民流れ通ずれば則ち之を迂す。之を決すれば則ち行き、之を塞げば則ち止む。明君有りて能く之を決し、又た能く之を塞ぐ。之を決すれば則ち君子は禮に行い、之を塞げば則ち小人は農に篤し。君子禮に行えば、則ち上尊くして民順う。小民農に篤ければ、則ち財厚くして備え足る。上尊くして民順い、財厚くして備え足れば、四者體に備わり、頃時にして王たること難からず。
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