臣軌 / 卷下 利人章
夫衣食者、人之本也。人者、國之本。人恃衣食、猶魚之待水、國之恃人、如人之倚足、魚無水則不可以生、人無足則不可以步。故夏禹稱:“人無食則我不能使也。功成而不利於人、則我不能勸也。”是以為臣之忠者、先利於人。
新字:夫衣食者、人之本也。人者、国之本。人恃衣食、猶魚之待水、国之恃人、如人之倚足、魚無水則不可以生、人無足則不可以歩。故夏禹称:“人無食則我不能使也。功成而不利於人、則我不能勧也。”是以為臣之忠者、先利於人。
書き下し
それ衣食は人の本なり。人は国の本なり。人の衣食を恃むは、猶お魚の水を待つがごとし。国の人を恃むは、人の足に倚るがごとし。魚は水無ければ則ち以て生くべからず、人は足無ければ則ち以て歩むべからず。故に夏禹称す、「人に食無ければ則ち我れ使う能わざるなり。功成りて人に利あらざれば、則ち我れ勧むる能わざるなり」と。是を以て臣たるの忠なる者は、先ず人に利す。
現代語訳
衣食は人の本である。人は国の本である。人が衣食を頼りにするのは、魚が水を待つようなものだ。国が人を頼りにするのは、人が足に頼るようなものだ。魚は水がなければ生きられず、人は足がなければ歩けない。だから夏の禹はこう言った。「民に食がなければ、私は民を使うことができない。事が成っても民に利がなければ、私は民を励ますことができない」。だから臣下として忠である者は、まず民に利する。
解説
利人章、臣軌の最終章である。忠の順序がここで逆転する。君に尽くすことではなく、まず民を利することが忠だ、と。理由は禹の言葉が示している——食がなければ人を使えず、成果が人の利にならなければ人を励ませない。つまり民の生活は道義である前に、事を動かすための条件である。同じ章では管子を引いて「国を佐くるの道は必ず先ず人を富ませる」と説き、農を勧め末作を禁じ、徭役を省き賦を軽くして人の財を広げ、人の時を奪わないことを具体策として並べる。理念ではなく政策として書かれているのが、この章の値打ちである。
この章句が説くこと
利人章衣食は人の本人は国の本先ず人に利す民本
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