臣軌 / 卷下 良將章
昔魏武侯問吳起曰:“兵以何為勝?”吳子曰:“兵以整為勝。”武侯曰:“不在眾乎?”對曰:“若法令不明,賞罰不信。金之不止,鼓之不進,雖有百萬之師,何益於用。所謂整者,居則有禮,動則有威;進不可當,退不可追;前卻如節,左右應麾。與之安,與之危,其眾可合而不可離,可用而不可疲。”是之謂禮將也。吳起臨戰,左右進劍。吳子曰:“夫提鼓揮桴,臨難決疑,此將軍也。劍之任非將事也。
新字:昔魏武侯問呉起曰:“兵以何為勝?”呉子曰:“兵以整為勝。”武侯曰:“不在衆乎?”対曰:“若法令不明,賞罰不信。金之不止,鼓之不進,雖有百万之師,何益於用。所謂整者,居則有礼,動則有威;進不可当,退不可追;前却如節,左右応麾。与之安,与之危,其衆可合而不可離,可用而不可疲。”是之謂礼将也。呉起臨戦,左右進剣。呉子曰:“夫提鼓揮桴,臨難決疑,此将軍也。剣之任非将事也。
書き下し
昔、魏の武侯、呉起に問いて曰く、「兵は何を以て勝ちと為す」と。呉子曰く、「兵は整を以て勝ちと為す」と。武侯曰く、「衆に在らざるか」と。対えて曰く、「若し法令明らかならず、賞罰信ならず、之を金して止まらず、之を鼓して進まざれば、百万の師有りと雖も、何ぞ用に益あらん。所謂整なる者は、居れば則ち礼有り、動けば則ち威有り。進めば当たる可からず、退けば追う可からず。前卻に節有るが如く、左右麾に応ず。之と安んじ、之と危うくし、其の衆は合う可くして離る可からず、用う可くして疲らす可からず」と。是れ之を礼将と謂うなり。呉起戦いに臨み、左右剣を進む。呉子曰く、「夫れ鼓を提げ桴を揮い、難に臨みて疑いを決す、此れ将軍なり。剣の任は将の事に非ざるなり。
現代語訳
昔、魏の武侯(戦国時代の魏の君主)が呉起に「軍は何によって勝つのか」と尋ねた。呉子(呉起)は「軍は整っていることによって勝つ」と答えた。武侯が「兵の数の多さによるのではないのか」と言うと、呉起は答えた。「もし法令が明らかでなく、賞罰に信がなく、退却の鉦を鳴らしても止まらず、進軍の太鼓を打っても進まないならば、百万の軍勢があっても何の役に立とうか。整っているとは、平時には礼があり、動けば威があることである。進めば誰も立ち向かえず、退けば誰も追いつけない。進退には節度があり、左右の動きは指揮旗に応じる。将と安楽をともにし、危難をともにし、その兵たちはまとまることはあっても離れることはなく、用いることはできても疲れさせることはない」。これを礼ある将というのである。呉起が戦いに臨んだとき、側近が剣を差し出した。呉子は言った。「太鼓を提げ、ばちを振るい、危難に臨んで迷いを断つ。これが将軍である。剣を振るう役目は、将のすることではない。
解説
関連する章句
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呉子・治兵篇武侯問いて曰く、「兵は何を以て勝と為す」と。起対えて曰く、「治を以て勝と為す」と。又た問いて曰く、「衆寡に在らざるか」と。対えて曰く、「若し法令明らかならず、賞罰信ならず、之を金するも止まらず、之を鼓するも進まずんば、百万有りと雖も、何ぞ用に益あらん。所謂る治なる者は、居れば則ち礼有り、動けば則ち威有り、進めば当たるべからず、退けば追うべからず、前却に節有り、左右麾に応じ、絶ゆと雖も陳を成し、散ずと雖も行を成す。之と安んじ、之と危うくす。其の衆は合すべくして離すべからず、用うべくして疲らすべからず。之を往く所に投ずれば、天下当たる莫し。名づけて父子の兵と曰う」と。
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呉子・図国篇呉起、儒服にして兵機を以て魏の文侯に見ゆ。文侯曰く、「寡人は軍旅の事を好まず」と。起曰く、「臣は見るるところを以て隠れたるを占い、往きしを以て来たるを察す。主君何ぞ言と心と違うことを言わるるや。今、君は四時に人をして皮革を斬り離たしめ、掩うに朱漆を以てし、画くに丹青を以てし、爍かすに犀象を以てす。冬日に之を衣れば則ち温かならず、夏日に之を衣れば則ち涼しからず。長戟は二丈四尺、短戟は一丈二尺を為る。革車は戸を奄い、輪を縵にし轂を籠む。之を目に観れば則ち麗しからず、之に乗りて以て田すれば則ち軽からず。識らず、主君安んぞ此を用いんや。若し以て進みて戦い退きて守るに備うるも、能く用うる者を求めざれば、譬えば猶お伏鶏の狸を搏ち、乳犬の虎を犯すがごとし。闘心有りと雖も、之に随いて死せんのみ。昔、承桑氏の君は、徳を修めて武を廃し、以て其の国を滅ぼせり。有扈氏の君は、衆を恃み勇を好み、以て其の社稷を喪えり。明主は茲に鑒み、必ず内には文徳を修め、外には武備を治む。故に敵に当たりて進まざるは、義に逮ぶこと無きなり。僵屍して之を哀しむは、仁に逮ぶこと無きなり」と。是に於いて文侯は身自ら席を布き、夫人は觴を捧げ、呉起を廟に醮し、立てて大将と為し、西河を守らしむ。諸侯と大いに戦うこと七十六、全勝六十四、余は則ち鈞しく解く。土を四面に闢き、地を拓くこと千里なるは、皆な起の功なり。
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尉繚子・武議難に臨み疑ひを決し、兵を揮ひ刃を指す、此れ将の事なり。一剣の任は、将の事に非ざるなり。」三軍行を成し、一舎にして而る後に三舎を成し、三舎の余は、川源を決するが如し。敵の前に在るを望み、其の長ずる所に因りて之を用ふ。敵の白き者は之を堊(あく)し、赤き者は之を赭(しゃ)す。呉起秦と戦ふに、未だ合はざるに、一夫其の勇に勝へず、前(すす)みて双首を獲て還る。呉起立ちどころに之を斬る。軍吏諫めて曰く、「此れ材士なり。」起曰く、「材士なるは則ち是なり、吾が令に非ざるなり。」之を斬る。
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呉子・図国篇武侯問いて曰く、「願わくは陳の必ず定まり、守りの必ず固く、戦いの必ず勝つの道を聞かん」と。起対えて曰く、「立ちどころに見るも且た可なり、豈に直だ聞くのみならんや。君能く賢者をして上に居らしめ、不肖者をして下に処らしめば、則ち陳は已に定まらん。民、其の田宅に安んじ、其の有司に親しめば、則ち守りは已に固からん。百姓皆な吾が君を是として鄰国を非とせば、則ち戦いは已に勝たん」と。
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『臣軌』卷下 良將章夫れ将なる者は、君の恃む所なり。兵なる者は、将の恃む所なり。故に君功を立てんと欲する者は、必ず心を将に推し、将の勝ちを求むる者は、先ず愛を兵に致す。夫れ兵を愛するの道は、務めて之を逸楽にし、務めて之を豊厚にし、力を役して以て己の為にせず、財を貪りて以て私に殉わず。内には廉平を守り、外には憂恤を存す。昔、竇嬰将為りしとき、金を廊下に置き、士卒に任せて之を取らしむ。私金すら且つ猶お散施す、豈に之を侵す者有らんや。呉起将為りしとき、卒に癰を病む者有り、呉起親ら之を吮う。其の人を愛するや此くの如し、豈に之を苦しむる者有らんや。
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尉繚子・武議武王の紂を伐つや、師盟津を渡り、右に旄(ばう)、左に鉞(えつ)、死士三百、戦士三万。紂の臣は億万、飛廉・悪来、身ら戟斧に先んじ、陳を開くこと百里。武王、士民を罷(つか)らさず、兵刃に血ぬらずして、商に克ち紂を誅す、祥異無きなり、人事修まると修まらざるとにして然るなり。今世の将は、孤虚を考へ、咸池を占ひ、兆を合はせ、吉凶を視、星辰風雲の変を観て、以て勝ちを成し功を立てんと欲す、臣以為へらく難しと。夫れ将なる者は、上は天に制せられず、下は地に制せられず、中は人に制せられず。故に兵なる者は、凶器なり。争ひなる者は、逆徳なり。将なる者は、死官なり。故に已むを得ずして之を用ふ。上に天無く、下に地無く、後ろに主無く、前に敵無し。一人の兵、狼の如く虎の如く、風の如く雨の如く、雷の如く電の如く、震震冥冥として、天下皆驚く。勝兵は水に似たり。夫れ水は、至って柔弱なる者なり。然れども触るる所、丘陵も必ず之が為に崩る。異なる無きなり、性専らにして触るること誠なればなり。今莫邪の利、犀兕の堅、三軍の衆を以て、奇正する所有れば、則ち天下其の戦ひに当たる莫し。故に曰く、「賢を挙げ能を用ふれば、時日せずして事利あり。法を明らかにし令を審らかにすれば、卜筮せずして吉を獲。功を貴び労を養へば、禱祠せずして福を得」と。又曰く、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」と。古の聖人は、人事を謹むのみ。呉起秦と戦ふに、舎るに隴畝を平らげず、樸(ぼく)もて之を蓋ひ、以て霜露を蔽ふ。此くの如きは何ぞや。自ら人より高しとせざるが故なり。人の死を乞ふには尊きを索めず、人の力を竭くさしむるには礼を責めず。故に古は、介冑の士は拝せず、人に已(や)む無きを示して以て煩はすなり。夫れ人を煩はして其の死を乞ひ、其の力を竭くさしめんと欲するは、古より今に至るまで、未だ嘗て聞かざるなり。将命を受くるの日は、其の家を忘れ、軍を張りて野に宿れば、其の親を忘れ、枹を援(と)りて鼓すれば、其の身。呉起戦ひに臨むに、左右剣を進む。起曰く、「将は専ら旗鼓を主るのみ。
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