臣軌 / 卷下 慎密章
昔孔光稟性周密,凡典樞機十有餘年,時有所言,輒削草稿。沐日歸休,兄弟妻子燕語,終不及朝省政事。或問光:“溫室省中樹皆何木也?”光默而不應,更答以他語。若孔光者,可謂至慎矣,故能終身無過,享其榮祿。
新字:昔孔光稟性周密,凡典枢機十有余年,時有所言,輒削草稿。沐日帰休,兄弟妻子燕語,終不及朝省政事。或問光:“温室省中樹皆何木也?”光黙而不応,更答以他語。若孔光者,可謂至慎矣,故能終身無過,享其栄禄。
書き下し
昔、孔光は稟性周密にして、凡そ枢機を典ること十有余年、時に言う所有れば、輒ち草稿を削る。沐日に帰休し、兄弟妻子と燕語するも、終に朝省の政事に及ばず。或るひと光に問う、「温室省中の樹は皆何の木ぞや」と。光、黙して応えず、更に答うるに他語を以てす。孔光の若き者は、至慎と謂う可し。故に能く終身過ち無く、其の栄禄を享く。
現代語訳
昔、孔光(こうこう、前漢末の宰相、孔子の子孫)は生まれつき周到で慎み深く、およそ十年余りにわたって機密の政務をつかさどったが、ときに意見を上奏すると、そのたびに下書きを削り捨てた。休暇の日に家に帰り、兄弟や妻子とくつろいで話しても、ついに朝廷の政務に話が及ぶことはなかった。ある人が孔光に「温室殿(長楽宮の中の宮殿)の中の木は、みな何の木か」と尋ねた。孔光は黙って答えず、別の話で応じた。孔光のような者は、この上なく慎み深いと言うべきである。だからこそ一生過ちがなく、その栄誉と禄を享けることができたのである。
解説
慎密章の結びで、前漢の孔光の逸話を引いて秘密を守ることの手本とする一段である。『漢書』孔光伝に見える話で、孔光は十数年も機密の政務を担ったが、上奏のたびに草稿を削り、家族との団欒でも朝廷の話はしなかった。宮中の温室殿の庭の木の種類を尋ねられても、黙って別の話をしたという。注は、草稿を削るのは事が外に漏れるのを恐れたからだと説く。木の名前くらいはと思うところまで口を閉ざすのは、どこから機密が漏れるか分からないと知っていたからである。だから一生過ちがなかった、とこの書は評価する。今でも、社内の人事や取引の話を家族や友人に気軽に話す人は多いが、情報を扱う立場にある人ほど、小さなことから口を慎む習慣が信用を守る。
関連する章句
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『臣軌』卷下 慎密章人はその口を閉じ、我はその心を閉ず。人はその外を密にし、我はその裏を密にす。慎まずして慎み、恭しからずして恭し。これ大慎の人なり。故に大慎なる者は、心に知りて口に知らしめんことを欲せず。その次に慎む者は、口に知りて人に知らしめんことを欲せず。故に大慎なる者は心を閉じ、次に慎む者は口を閉じ、下に慎む者は門を閉ず。
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『臣軌』卷下 慎密章明なる者は無形に視、聡なる者は無声に聴き、謀る者は未兆に謀り、慎む者は未成に慎む。困しまざるは早く慮るに在り、窮まらざるは早く豫うるに在り。言う所に非ざれば言うこと勿く、以て其の患いを避け、為す所に非ざれば為すこと勿く、以て其の危うきを避く。孔子曰く、「終日言いて、己の憂いを遺さず、終日行いて、己の患いを遺さざるは、唯だ智者のみ之を能くす」と。故に恐懼戦兢は患いを除く所以なり、恭敬静密は難を遠ざくる所以なり。終身善を為すも、一言之を敗る、慎まざる可けんや。夫れ口なる者は関なり、舌なる者は機なり。言を出だして当たらざれば、駟馬も追う能わざるなり。口なる者は関なり、舌なる者は兵なり。言を出だして当たらざれば、反って自ら傷つくるなり。言は己より出づれば、人に止む可からず、行いは邇きに発すれば、遠きに止む可からず。夫れ言行なる者は、君子の枢機なり。枢機の発するは、栄辱の主なり。夫れ君子は其の睹ざる所に戒慎し、其の聞かざる所に恐懼す。隠れたるより見るるは莫く、微かなるより顕るるは莫し。是の故に君子は其の独りを慎む。独りに在りてすら猶お慎む、況んや君に事うるに於いてをや。況んや衆に処るに於いてをや。昔、関尹、列子に謂いて曰く、「言美なれば則ち響美に、言悪なれば則ち響悪なり。身長ければ則ち影長く、身短ければ則ち影短し」と。言は響きを召く所以なり、身は影を致す所以なり。是の故に而の言を慎めば、将に之に和する有らんとし、而の身を慎めば、将に之に随う有らんとす」と。昔、賢臣の君に事うるや、入りては則ち膝を造して言い、出でては則ち詞を詭りて対う。其の人を進むるや、唯だ人の知らんことを畏れ、思の己より出づるを欲せず。其の事を図るや、必ず推して君に明らかにし、謀の己より造るを欲せず。権を畏れて寵を悪み、智を晦くして名を韜む。事の身に在るを覚えず、栄の己に在るを覚えず。
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『臣軌』卷下 慎密章それ身を修め行いを正すは、慎まざるべからず。謀慮機権は、密ならざるべからず。憂患は忽せにする所に生じ、禍害は細微に興る。人臣の慎密ならざる者は、多く終身の悔い有り。故に言の泄れやすき者は、禍を召くの媒なり。事の慎まざる者は、敗を取るの道なり。
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『臣軌』卷上 至忠章昔、孔子曰く、「人の下為る者は、其れ猶お土のごときか。之に種うれば則ち五穀生じ、之を掘れば則ち甘泉出づ。草木殖し、禽獣育つ。其の功多くして言わず」と。此れ忠臣の道なり。『尚書』に曰く、「成王、君陳に謂いて曰く、『爾に嘉謀嘉猷有らば、則ち入りて爾が后に内に告げ、爾乃ち之に外に順え』と」と。曰く、「『斯の謀、斯の猷は、惟れ我が后の徳なり』と。〔一字不明〕人咸時(これ)に若わば、惟れ良にして顕らかなるかな」と。『礼記』に曰く、「善は則ち君を称し、過ちは則ち己を称すれば、則ち人は忠を作す」と。「善は則ち親を称し、過ちは則ち己を称すれば、則ち人は孝を作す」と。『昌言』に曰く、「人の親に事うるや、父母の側を去らず、労辱の事に倦まず。父母の体の安からざるを見れば、則ち寝ぬる能わず、父母の食の飽かざるを見れば、則ち食らう能わず。父母の善有るを見れば、則ち欣喜して之を戴き、父母の過ち有るを見れば、則ち泣涕して之を諫む。孜孜として此れを為して以て其の親に事うれば、焉んぞ人の父母と為りて之を憎む者有らんや。人の君に事うるや、事に難易無く、憚る所無きなり。事に労逸無く、避くる所無きなり。其の委任せらるるや、則ち恩寵を恃まずして敬を加え、其の遺忘せらるるや、則ち敢えて怨恨せずして勤めを加う。険易も其の心を革めず、安危も其の志を変えず。君の一善を見れば、則ち力を竭くして以て顕誉し、唯だ四海の聞かざるを恐る。君の微過を見れば、則ち心を尽くして潜かに諫め、唯だ一徳の失有らんことを慮る。孜孜として此れを為して以て其の君に事うれば、焉んぞ人の君主と為りて之を憎む者有らんや」と。
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『宋名臣言行録』前集巻一・曹彬功を以て樞宻使に拜せらる。王、宥宻に在り、常に公服して危坐すること君父に對するが如し。小吏に接するにも亦た禮を以てし、未だ嘗て名を以て呼ばず。私第に歸れば唯だ閤を閉じて宴居し、妄りに賔客を通ぜず。五鼓纔かに動けば、巳に禁門に待漏す。雪霜と雖も其の操を易えず。此くの如き者八年。
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史記 平津侯主父列伝弘の為人恢奇にして多聞、常に称して以為らく人主は広大ならざるを病とし、人臣は倹節ならざるを病とす、と。弘布被を為り、食に肉を重ねず。毎に朝会議するに、其の端を開陳し、人主をして自ら択ばしめ、面折庭争するを肯んぜず。是に於て天子其の行の敦厚にして、辯論余り有り、文法吏事に習ひ、而も又緣飾するに儒術を以てするを察し、上大いに之を説ぶ。
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