臣軌 / 卷下 廉潔章
清靜無為、則天與之時、恭廉守節、則地與之財。君子雖富貴、不以養傷身、雖貧賤、不以利毀廉。知為吏者、奉法以利人、不知為吏者、枉法以侵人。理官莫如平、臨財莫如廉。廉平之德、吏之寶也。
新字:清静無為、則天与之時、恭廉守節、則地与之財。君子雖富貴、不以養傷身、雖貧賤、不以利毀廉。知為吏者、奉法以利人、不知為吏者、枉法以侵人。理官莫如平、臨財莫如廉。廉平之徳、吏之宝也。
書き下し
清静無為なれば、則ち天これに時を与う。恭廉節を守れば、則ち地これに財を与う。君子は富貴と雖も、養を以て身を傷つけず。貧賤と雖も、利を以て廉を毀たず。吏たるを知る者は、法を奉じて以て人を利す。吏たるを知らざる者は、法を枉げて以て人を侵す。官を理むるは平に如くは莫く、財に臨むは廉に如くは莫し。廉平の徳は、吏の宝なり。
現代語訳
清く静かで作為がなければ、天が時を与える。恭しく廉潔で節を守れば、地が財を与える。君子は富み貴くなっても、贅沢な養いによって身を損なわない。貧しく賤しくても、利益のために廉を壊さない。役人であることを知る者は、法を奉じて人を利する。役人であることを知らない者は、法を曲げて人を侵す。官を治めるには公平に勝るものはなく、財に臨むには廉潔に勝るものはない。廉と平の徳こそ、役人の宝である。
解説
廉潔章の冒頭である。「吏たるを知る者は法を奉じて以て人を利し、知らざる者は法を枉げて以て人を侵す」——同じ法を持ちながら、自分の役目を分かっているかどうかで、法が人を助ける道具にも侵す道具にもなる。そして二つの物差しが示される。官を治めるには平、財に臨むには廉。判断には公平、金には潔癖、と使い分けが明確である。同じ章には「非其路にして之を行けば、労すと雖も至らず、非其有にして之を求むれば、強うと雖も得ず」ともある。自分の道でないところを進んでも着かない、自分のものでないものを求めても得られない。
この章句が説くこと
廉潔章廉平の徳は吏の宝法を奉じて人を利す法を枉げて人を侵す清廉
関連する章句
-
牧民忠告・上任官に居りて清白なる能わざる所以の者は、率(おおむ)ね家人の奢を喜び侈(し)を好むに由りて然らしむるなり。中既に給せざれば、其の勢い必ず当に人に取るべし、或いは利を営みて以て民を侵し、或いは訟に因りて賄(まかない)を納れ、或いは仮貸(かたい)と名づけ、或いは姻属(いんぞく)に托し、宴饋(えんき)征逐(せいちく)、通室(つうしつ)禁ずる無く、以て動(やや)もすれば相掣肘(せいちゅう)し、威施す所無きに致る。己は日に昌(さか)んなりと雖も、民は則ち日に瘁(つか)れ、己は日に歓ぶと雖も、民は則ち日に怨む。是に由りて坐(そぞ)ろに敗辱する者は、蓋し駢首(へんしゅ)驪踵(れいしょう)たり。嗚呼、妻妾の為に之を為さしむれば、則ち妻妾我を救う能わざるなり。子孫の為に之を為さしむれば、則ち子孫我を救う能わざるなり。朋友の為に之を為さしむれば、則ち朋友我を救う能わざるなり。妻妾・子孫・朋友皆我を救う能わざるなり、曷(なん)ぞ廉勤を乃(すなわ)ち職として、自ら之を為すの愈(まさ)れるに若かんや。蓋し自ら為せば闔門(こうもん)恒に淡泊なりと雖も、安栄子孫に及ぶ。人の為にすれば歓然として楽しむべきが如しと雖も、禍患幾席(きせき)に生ず。二者の間、真に知り深く悟る者に非ざれば、未だ与(とも)に言い易からず。官有るの君子、其れ審らかに択べ。
-
『臣軌』卷上 至忠章蓋し聞く、古の忠臣その君に事うるや、心を尽くし、力を尽くす。才に称いて位に居り、能に称いて禄を受く。面に誉めて以て親を求めず、愉悦して以て苟合せず。公家の利、知りて為さざる無し。上は以て主を尊び国を安んずるに足り、下は以て財を豊かにし人を阜かにするに足る。内は君の過ちを匡し、外は君の美を揚ぐ。邪を以て正を損せず、私の為に公を害せず。善を見ればこれを行うこと及ばざるが如く、賢を見ればこれを挙ぐること逮ばざるが如し。力を竭くし労を尽くして其の報いを望まず、功を程り事を積みて其の賞を求めず。国に益有るに務め、人に済い有るに務む。
-
『臣軌』卷上 公正章天に私覆無く、地に私載無し。日月に私燭無く、四時に私為無し。私する所を忍びて大義を行う、公と謂うべし。智にして私を用うるは、愚にして公を用うるに若かず。人臣の公なる者は、官事を理むれば則ち私家を営まず、公門に在れば則ち貨利を言わず、公法に当たれば則ち親戚に阿らず、公を奉じ賢を挙ぐれば則ち仇讎を避けず。君に事うるに忠、下を利するに仁。これを推すに恕道を以てし、これを行うに不党を以てす。伊・呂これなり。故に顕名は今に存す、これをこれ公と謂うなり。
-
『臣軌』卷下 廉潔章公儀休、魯の相と為り、公禄を食む者をして下人と利を争うを得ざらしめ、大を受くる者は小を取るを得ざらしむ。客に相に魚を遺る者有り、相受けず。客曰く、「君の魚を嗜むを聞く、故に君に魚を遺る。何の故に受けざるか」と。公儀休曰く、「魚を嗜むを以て、故に受けざるなり。今、相と為りて、能く自ら魚を給す。今、魚を受けて相を免ぜられなば、誰か復た我に魚を給せん者ぞ。吾、故に受けざるなり」と。
-
牧民忠告・拜命普天率土(ふてんそっと)、生人窮まり無きなり、然れども国の寵霊(ちょうれい)を受けて民の司牧(しぼく)と為る者、能(よ)く幾何(いくばく)の人ぞ。既に命を受けて以て斯の民を牧すれば、而(しか)も公廉の心を守る能わざれば、是れ自ら愛せざるなり、寧(なん)ぞ世の誚(そし)る所と為らざらんや。況んや一身の微、享(う)くる所能く幾ばくぞ、厥(そ)の心溪壑(けいがく)にして、適(まさ)に以て自ら賊(そこな)う。一たび罪及べば、上は国恩を孤(そむ)き、中は親を辱めに貽(のこ)し、下は郷鄰朋友をして詬(はじ)を蒙り羞(はじ)を包ましむ、千金を任(にな)うと雖も、一夕縲紲(るいせつ)の苦しみを償うに足らず。其の已に敗るるを戚(うれ)うるよりは、曷(なん)ぞ未然を厳にするに若かんや。嗟(ああ)爾(なんじ)官有る者、宜しく深く戒むべき所なり。
-
『臣軌』卷上 至忠章利は並ぶべからず、忠は兼ぬべからず。小利を去らざれば、則ち大利は得られず、小忠を去らざれば、則ち大忠は至らず。故に小利は大利の残なり、小忠は大忠の賊なり。