名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 信長の凶報と膝を打つ
○孝高、竹中重治と並びに、秀吉機密談合の相手たり、聰敏機警毎に奇偉倜儻の策を爲す。依て幕下目して良平と爲せり。 ○十年、秀吉、高松城を攻め、毛利の軍と對陣して居たりし所に六月三日子の刻、京都長谷川宗仁より孝高の許に飛脚來りて、信長の變を告ぐ。孝高、飛脚に向て曰く、偖も汝は早く來れり、此事夢に人に語るべからずと、堅く制し、秀吉の前に出で、其狀を披露せり。秀吉愁傷淺からず。良々ありて、其飛脚此事萬一人に語りなば、敵に洩聞えて惡しかるべし、急ぎ殺すべし由を命ず。孝高、思ふに彼飛脚一日半に六十里を來ること、是誠に天の使なり。其上殺すべきの科なく、早く來るの功ありとて、我陣に連歸り、此事必ず人に語るべからずと制して、隱し置きたり。此時、秀吉變を聞き、未だ何にとも詞を出されざりし中に、孝高する〱と進み寄り、秀吉の膝をほとほと打て、莞爾として、君の御運開かせ給ふべき始めぞ、能くせさせ給へと申ししとぞ。是より秀吉、孝高に心を許さゞりしとなり。
新字:○孝高、竹中重治と並びに、秀吉機密談合の相手たり、聰敏機警毎に奇偉倜儻の策を為す。依て幕下目して良平と為せり。 ○十年、秀吉、高松城を攻め、毛利の軍と対陣して居たりし所に六月三日子の刻、京都長谷川宗仁より孝高の許に飛脚来りて、信長の変を告ぐ。孝高、飛脚に向て曰く、偖も汝は早く来れり、此事夢に人に語るべからずと、堅く制し、秀吉の前に出で、其状を披露せり。秀吉愁傷浅からず。良々ありて、其飛脚此事万一人に語りなば、敵に洩聞えて悪しかるべし、急ぎ殺すべし由を命ず。孝高、思ふに彼飛脚一日半に六十里を来ること、是誠に天の使なり。其上殺すべきの科なく、早く来るの功ありとて、我陣に連帰り、此事必ず人に語るべからずと制して、隠し置きたり。此時、秀吉変を聞き、未だ何にとも詞を出されざりし中に、孝高する〱と進み寄り、秀吉の膝をほとほと打て、莞爾として、君の御運開かせ給ふべき始めぞ、能くせさせ給へと申ししとぞ。是より秀吉、孝高に心を許さゞりしとなり。
書き下し
○孝高、竹中重治と並びに、秀吉機密談合の相手たり、聰敏機警毎に奇偉倜儻の策を爲す。依て幕下目して良平と爲せり。 ○十年、秀吉、高松城を攻め、毛利の軍と對陣して居たりし所に六月三日子の刻、京都長谷川宗仁より孝高の許に飛脚來りて、信長の變を告ぐ。孝高、飛脚に向て曰く、偖も汝は早く來れり、此事夢に人に語るべからずと、堅く制し、秀吉の前に出で、其狀を披露せり。秀吉愁傷淺からず。良々ありて、其飛脚此事萬一人に語りなば、敵に洩聞えて惡しかるべし、急ぎ殺すべし由を命ず。孝高、思ふに彼飛脚一日半に六十里を來ること、是誠に天の使なり。其上殺すべきの科なく、早く來るの功ありとて、我陣に連歸り、此事必ず人に語るべからずと制して、隱し置きたり。此時、秀吉變を聞き、未だ何にとも詞を出されざりし中に、孝高する〱と進み寄り、秀吉の膝をほとほと打て、莞爾として、君の御運開かせ給ふべき始めぞ、能くせさせ給へと申ししとぞ。是より秀吉、孝高に心を許さゞりしとなり。
現代語訳
孝高は、竹中重治とともに、秀吉の機密の相談相手でした。聡明で機転が利き、いつも並外れた策を出しました。そのため幕下の人々は孝高を張良・陳平になぞらえて良平と呼びました。 十年、秀吉が高松城を攻め、毛利の軍と対陣していたところ、六月三日の子の刻、京都の長谷川宗仁から孝高のもとへ飛脚が来て、信長の変を告げました。孝高は飛脚に向かって、おまえは早く来たな、このことは決して人に語ってはならぬと厳しく制し、秀吉の前に出てその状況を披露しました。秀吉の悲しみは一通りではありませんでした。しばらくして、その飛脚がこのことをもし人に語れば、敵に漏れ聞こえて悪いことになる、急いで殺せと命じました。孝高は、あの飛脚が一日半に六十里を来たのは、まことに天の使いであり、そのうえ殺す罪もなく、早く来た功があるとして、自分の陣に連れて帰り、このことは必ず人に語るなと制して、隠しておきました。このとき、秀吉が変を聞いて、まだ何とも言葉を出さないうちに、孝高はするすると進み寄り、秀吉の膝をほとほとと打って、にこりと笑い、あなたの御運が開かれる始めです、よくなさいませと申したということです。これ以来、秀吉は孝高に心を許さなかった、ということです。
解説

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