韓非子 / 外儲説右上第三十四
明之以靖郭氏之獻十珥也,與犀首、甘茂之道穴聞也。堂谿公知術,故問玉巵;昭侯能術,故以聽獨寢。
新字:明之以靖郭氏之献十珥也,与犀首、甘茂之道穴聞也。堂谿公知術,故問玉巵;昭侯能術,故以聴独寝。
書き下し
堂谿公術を知る、故に玉卮を問う。昭侯術を能くす、故に以に聴きて獨り寢ぬ。
現代語訳
堂谿公は(君主の)術を知っていたので、(底のない)玉の杯の例え話をした。昭侯は(その)術をよく理解したので、それ以降(重要な話を聞いた後は)一人で寝た。
解説
堂谿公は人を治める心得をよく知っていたので、昭侯に「底のない玉の杯があったらどう思うか」と尋ねました。どんなに立派な杯でも、底に穴が空いていれば水を汲むことはできません。それと同じで、どれほど優れた考えを持っていても、うっかり人に漏らしてしまえば意味を失います。この話を理解した昭侯は、それ以降、大事な話を聞いた夜は一人で寝るようにしたといいます。寝言でうっかり漏らすことさえ警戒したのです。大切な相談事や、まだ公にしていない決め事を、身近な人だからとつい話してしまう人は多いものですが、本当に大事なことほど、口を固く閉じておく心構えが求められます。
この章句が説くこと
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