臣軌 / 卷下 慎密章
人閉其口、我閉其心、人密其外、我密其裏。不慎而慎、不恭而恭、斯大慎之人也。故大慎者、心知不欲口知、其次慎者、口知不欲人知。故大慎者閉心、次慎者閉口、下慎者閉門。
書き下し
人はその口を閉じ、我はその心を閉ず。人はその外を密にし、我はその裏を密にす。慎まずして慎み、恭しからずして恭し。これ大慎の人なり。故に大慎なる者は、心に知りて口に知らしめんことを欲せず。その次に慎む者は、口に知りて人に知らしめんことを欲せず。故に大慎なる者は心を閉じ、次に慎む者は口を閉じ、下に慎む者は門を閉ず。
現代語訳
人は口を閉じるが、私は心を閉じる。人は外側を密にするが、私は内側を密にする。慎んでいるように見えずして慎み、恭しくしているように見えずして恭しい。これが大いに慎む人である。だから最も慎む者は、心で知っていて口に知らせようとしない。その次に慎む者は、口で知っていて人に知らせようとしない。だから大いに慎む者は心を閉じ、次に慎む者は口を閉じ、下位の慎む者は門を閉じる。
解説
慎みを三段階に分けた一段である。門を閉じる、口を閉じる、心を閉じる。下から順にこうなる。門を閉じるのは人と会わないこと、口を閉じるのは言わないこと、心を閉じるのはそもそも心を動かさないことだ。上の段ほど外から見えない。「慎まずして慎み、恭しからずして恭し」——慎んでいるように見えないのに慎んでいるのが最上、というのは、慎みが演技になった時点で下位だという意味でもある。同じ章の末尾には、漢の孔光が十余年枢機にありながら草稿を必ず削り、休日に家族と話しても朝廷の政事に触れず、宮中の木の名を問われても黙って別の話に変えた、という逸話が置かれている。
この章句が説くこと
大慎は心を閉ず次は口を閉ず下は門を閉ず孔光
関連する章句
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