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臣軌 / 卷上 至忠章

昔孔子曰:“為人下者,其猶土乎!種之則五穀生焉,掘之則甘泉出焉。草木殖焉,禽獸育焉。多其功而不言。”此忠臣之道也。《尚書》曰:“成王謂君陳曰:‘爾有嘉謀嘉猷,則入告爾後於內,爾乃順之於外。’”曰:‘斯謀斯猷,惟我後之德。’<上丙下心>人咸若時,惟良顯哉。”《禮記》曰:“善則稱君,過則稱己,則人作忠。”“善則稱親,過則稱己,則人作孝。”《昌言》曰:“人之事親也,不去乎父母之側,不倦乎勞辱之事。見父母體之不安,則不能寢;見父母食之不飽,則不能食。見父母之有善,則欣喜而戴之;見父母之有過,則泣涕而諫之。孜孜為此以事其親,焉有為人父母而憎之者也。人之事君也,使無難易,無所憚也;事無勞逸,無所避也。其見委任也,則不恃恩寵而加敬;其見遺忘也,則不敢怨恨而加勤。險易不革其心,安危不變其志。見君之一善,則竭力以顯譽,唯恐四海之不聞;見君之微過,則盡心而潛諫,唯慮一德之有失。孜孜為此以事其君,焉有為人君主而憎之者也。

新字:昔孔子曰:“為人下者,其猶土乎!種之則五穀生焉,掘之則甘泉出焉。草木殖焉,禽獣育焉。多其功而不言。”此忠臣之道也。《尚書》曰:“成王謂君陳曰:‘爾有嘉謀嘉猷,則入告爾後於内,爾乃順之於外。’”曰:‘斯謀斯猷,惟我後之徳。’<上丙下心>人咸若時,惟良顕哉。”《礼記》曰:“善則称君,過則称己,則人作忠。”“善則称親,過則称己,則人作孝。”《昌言》曰:“人之事親也,不去乎父母之側,不倦乎労辱之事。見父母体之不安,則不能寝;見父母食之不飽,則不能食。見父母之有善,則欣喜而戴之;見父母之有過,則泣涕而諫之。孜孜為此以事其親,焉有為人父母而憎之者也。人之事君也,使無難易,無所憚也;事無労逸,無所避也。其見委任也,則不恃恩寵而加敬;其見遺忘也,則不敢怨恨而加勤。険易不革其心,安危不変其志。見君之一善,則竭力以顕誉,唯恐四海之不聞;見君之微過,則尽心而潜諫,唯慮一徳之有失。孜孜為此以事其君,焉有為人君主而憎之者也。

書き下し

昔、孔子曰く、「人の下為る者は、其れ猶お土のごときか。之に種うれば則ち五穀生じ、之を掘れば則ち甘泉出づ。草木殖し、禽獣育つ。其の功多くして言わず」と。此れ忠臣の道なり。『尚書』に曰く、「成王、君陳に謂いて曰く、『爾に嘉謀嘉猷有らば、則ち入りて爾が后に内に告げ、爾乃ち之に外に順え』と」と。曰く、「『斯の謀、斯の猷は、惟れ我が后の徳なり』と。〔一字不明〕人咸時(これ)に若わば、惟れ良にして顕らかなるかな」と。『礼記』に曰く、「善は則ち君を称し、過ちは則ち己を称すれば、則ち人は忠を作す」と。「善は則ち親を称し、過ちは則ち己を称すれば、則ち人は孝を作す」と。『昌言』に曰く、「人の親に事うるや、父母の側を去らず、労辱の事に倦まず。父母の体の安からざるを見れば、則ち寝ぬる能わず、父母の食の飽かざるを見れば、則ち食らう能わず。父母の善有るを見れば、則ち欣喜して之を戴き、父母の過ち有るを見れば、則ち泣涕して之を諫む。孜孜として此れを為して以て其の親に事うれば、焉んぞ人の父母と為りて之を憎む者有らんや。人の君に事うるや、事に難易無く、憚る所無きなり。事に労逸無く、避くる所無きなり。其の委任せらるるや、則ち恩寵を恃まずして敬を加え、其の遺忘せらるるや、則ち敢えて怨恨せずして勤めを加う。険易も其の心を革めず、安危も其の志を変えず。君の一善を見れば、則ち力を竭くして以て顕誉し、唯だ四海の聞かざるを恐る。君の微過を見れば、則ち心を尽くして潜かに諫め、唯だ一徳の失有らんことを慮る。孜孜として此れを為して以て其の君に事うれば、焉んぞ人の君主と為りて之を憎む者有らんや」と。

現代語訳

昔、孔子は「人の下に立つ者は、土のようなものであろう。種をまけば五穀が生え、掘れば甘い泉が湧き出る。草木が茂り、鳥獣が育つ。その功は多いのに、自分からは何も言わない」と言った。これが忠臣の道である。『書経』(君陳篇)には、成王(周の二代目の王)が君陳(周公の後を継いで東都を治めた臣)に「お前によい謀やよい計略があれば、宮中に入ってお前の君に内々に告げ、外ではお前がそれに従って行え」と言い、さらに「(そして外では)『この謀、この計略は、わが君の徳によるものだ』と言え。(ああ、)臣たる者がみなこのようにすれば、まことに良臣であり、君の名も明らかになるであろう」と言ったとある。『礼記』には「善いことは君の手柄とし、過ちは自分のせいとすれば、人々は忠を尽くすようになる」「善いことは親の手柄とし、過ちは自分のせいとすれば、人々は孝を尽くすようになる」とある。『昌言』(後漢の仲長統の著)にはこうある。「人が親に仕えるときは、父母のそばを離れず、骨の折れる仕事や恥をかく仕事にも倦まない。父母の体の具合が悪いのを見れば眠ることができず、父母の食事が足りないのを見れば自分も食べることができない。父母に善い行いがあれば喜んでそれを押し戴き、父母に過ちがあれば涙を流して諫める。こうしてひたすら親に仕えれば、人の父母となってその子を憎む者などいるだろうか。人が君に仕えるときは、仕事の難易を問わず、何もはばからない。仕事の労苦や安楽を問わず、何も避けない。任されたときには恩寵を頼みにせずいっそう敬い、忘れ去られたときにも決して恨まずいっそう勤める。険しいときも平らなときも心を改めず、安泰なときも危ういときも志を変えない。君の一つの善を見れば力を尽くして褒めたたえ、天下に聞こえないことだけを恐れる。君の小さな過ちを見れば心を尽くしてひそかに諫め、君の徳が一つでも損なわれることだけを心配する。こうしてひたすら君に仕えれば、人の君主となってその臣を憎む者などいるだろうか」。

解説

至忠章の中で、忠臣のあり方を土のたとえと古典の引用で重ねて描く一段である。孔子は、種をまけば穀物を生み、掘れば泉を出しながら何も語らない土こそ臣下の手本だという。『書経』君陳篇は、よい策は内々に君に献じ、外では君の徳として示せと教え、『礼記』は善は君に、過ちは自分に帰せという。仲長統の『昌言』は親に仕える姿と君に仕える姿を並べ、任されても驕らず、忘れられても恨まず、君の善は大きく広め、過ちはひそかに諫めよと説く。手柄を誇らず、責任を引き受ける姿勢は、今の職場で信頼される人の条件とほとんど変わらない。上司の失敗を人前で暴かず、成功は上司の名で語る部下は、結局最も重んじられる。

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