臣軌 / 卷上 至忠章
夫事君者以忠正為基,忠正者以慈惠為本。故為臣不能慈惠於百姓而曰忠正於其君者,斯非至忠也。所以大臣必懷養人之德,而有恤下之心。
新字:夫事君者以忠正為基,忠正者以慈恵為本。故為臣不能慈恵於百姓而曰忠正於其君者,斯非至忠也。所以大臣必懐養人之徳,而有恤下之心。
書き下し
夫れ君に事うる者は忠正を以て基と為し、忠正なる者は慈恵を以て本と為す。故に臣と為りて慈恵を百姓に能くせずして、忠正を其の君に曰う者は、斯れ至忠に非ざるなり。所以に大臣は必ず養人の徳を懐き、而して恤下の心有り。
現代語訳
君に仕える者は忠と正を土台とし、忠と正は慈しみと恵みを根本とする。だから、臣となりながら人民に慈しみと恵みを施すことができず、それでいて主君に忠正を尽くしていると言う者は、至高の忠ではない。それゆえ大臣は、必ず人を養う徳を抱き、下の者をいたわる心を持つのである。
解説
至忠章の中心となる一段で、主君への忠の土台は民への慈しみだと言い切る。君に尽くすといいながら民を顧みない臣は本当の忠臣ではない、という逆転の発想である。注も、至忠の臣はまず百姓に慈恵を行い、その後に君に忠正を尽くすのだと説く。君主に仕える心得を説く書が、忠の根拠を君主ではなく民の側に置いている点が興味深い。君主の利益と民の暮らしが切り離されたとき、上ばかり見る臣は国を損なうからである。今の会社でいえば、上司や経営陣への忠誠を口にしながら顧客や部下を粗末に扱う人は、結局は会社のためになっていないということだ。上への忠と下への思いやりは一つの根から出ている。
関連する章句
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『臣軌』卷上 至忠章蓋し聞く、古の忠臣その君に事うるや、心を尽くし、力を尽くす。才に称いて位に居り、能に称いて禄を受く。面に誉めて以て親を求めず、愉悦して以て苟合せず。公家の利、知りて為さざる無し。上は以て主を尊び国を安んずるに足り、下は以て財を豊かにし人を阜かにするに足る。内は君の過ちを匡し、外は君の美を揚ぐ。邪を以て正を損せず、私の為に公を害せず。善を見ればこれを行うこと及ばざるが如く、賢を見ればこれを挙ぐること逮ばざるが如し。力を竭くし労を尽くして其の報いを望まず、功を程り事を積みて其の賞を求めず。国に益有るに務め、人に済い有るに務む。
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『臣軌』卷上 至忠章故に親に事えて親の知る所と為らざるは、これ孝の未だ至らざるなり。君に事えて君の知る所と為らざるは、これ忠の未だ至らざるなり。古語に云う、「忠臣を求めんと欲せば、孝子の門より出づ」と。それ純孝の者に非ざれば、則ち大忠を立つる能わず。
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『臣軌』卷上 至忠章昔、孔子曰く、「人の下為る者は、其れ猶お土のごときか。之に種うれば則ち五穀生じ、之を掘れば則ち甘泉出づ。草木殖し、禽獣育つ。其の功多くして言わず」と。此れ忠臣の道なり。『尚書』に曰く、「成王、君陳に謂いて曰く、『爾に嘉謀嘉猷有らば、則ち入りて爾が后に内に告げ、爾乃ち之に外に順え』と」と。曰く、「『斯の謀、斯の猷は、惟れ我が后の徳なり』と。〔一字不明〕人咸時(これ)に若わば、惟れ良にして顕らかなるかな」と。『礼記』に曰く、「善は則ち君を称し、過ちは則ち己を称すれば、則ち人は忠を作す」と。「善は則ち親を称し、過ちは則ち己を称すれば、則ち人は孝を作す」と。『昌言』に曰く、「人の親に事うるや、父母の側を去らず、労辱の事に倦まず。父母の体の安からざるを見れば、則ち寝ぬる能わず、父母の食の飽かざるを見れば、則ち食らう能わず。父母の善有るを見れば、則ち欣喜して之を戴き、父母の過ち有るを見れば、則ち泣涕して之を諫む。孜孜として此れを為して以て其の親に事うれば、焉んぞ人の父母と為りて之を憎む者有らんや。人の君に事うるや、事に難易無く、憚る所無きなり。事に労逸無く、避くる所無きなり。其の委任せらるるや、則ち恩寵を恃まずして敬を加え、其の遺忘せらるるや、則ち敢えて怨恨せずして勤めを加う。険易も其の心を革めず、安危も其の志を変えず。君の一善を見れば、則ち力を竭くして以て顕誉し、唯だ四海の聞かざるを恐る。君の微過を見れば、則ち心を尽くして潜かに諫め、唯だ一徳の失有らんことを慮る。孜孜として此れを為して以て其の君に事うれば、焉んぞ人の君主と為りて之を憎む者有らんや」と。
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『臣軌』卷上 至忠章夫れ純孝なる者は、則ち能く大義を以て身を修め、立行の本を知る。其の親を尊ばんと欲すれば、必ず先ず君を尊び、其の家を安んぜんと欲すれば、必ず先ず国を安んず。故に古の忠臣は、其の君を先にして其の親を後にし、其の国を先にして其の家を後にす。何となれば則ち、君は親の本なり、親は君に非ざれば存せず。国は家の基なり、家は国に非ざれば立たず。昔、楚の恭王、令尹を召して之に謂いて曰く、「常侍の管蘇は、我と処りて、常に我に勧むるに道を以てし、我を正すに義を以てす。吾、与に処りて安からざるも、見ざれば思わず。然りと雖も、吾に得る有り、其の功細ならず、必ず之に厚禄せん」と。乃ち管蘇を拝して上卿と為す。管蘇の若き者は、至忠至正にして、能く道を以て其の君を済う者と謂う可きなり。
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『臣軌』卷下 利人章故に人足る者は、独り人の足るのみに非ず、国の足るなり。人匱しき者は、独り人の匱しきのみに非ず、国の匱しきなり。是を以て論語に云う、「百姓足らずんば、君たれと与にか足らん」と。故に君を助けて人を恤む者は、至忠の遠謀なり。下を損じて上を益す者は、人臣の浅慮なり。
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