詩経 / 魯頌・閟宮一
《閟宮》,頌僖公能復周公之宇也。 閟宮有侐,實實枚枚。赫赫姜嫄,其德不回。上帝是依,無災無害。彌月不遲,是生后稷,降之百福:黍稷重穋,稙稺菽麥。奄有下國,俾民稼穡。有稷有黍,有稻有秬。奄有下土,纘禹之緒。 后稷之孫,實維大王。居岐之陽,實始翦商。至于文武,纘大王之緒。致天之屆,于牧之野。無貳無虞,上帝臨女。敦商之旅,克咸厥功。王曰叔父,建爾元子,俾侯于魯。大啓爾宇,為周室輔。 乃命魯公,俾侯于東,錫之山川,土田附庸。周公之孫,莊公之子,龍旂承祀,六轡耳耳,春秋匪解,享祀不忒。皇皇后帝,皇祖后稷,
新字:《閟宮》,頌僖公能復周公之宇也。 閟宮有侐,実実枚枚。赫赫姜嫄,其徳不回。上帝是依,無災無害。弥月不遅,是生后稷,降之百福:黍稷重穋,稙稺菽麦。奄有下国,俾民稼穡。有稷有黍,有稲有秬。奄有下土,纘禹之緒。 后稷之孫,実維大王。居岐之陽,実始翦商。至于文武,纘大王之緒。致天之届,于牧之野。無貳無虞,上帝臨女。敦商之旅,克咸厥功。王曰叔父,建爾元子,俾侯于魯。大啓爾宇,為周室輔。 乃命魯公,俾侯于東,錫之山川,土田附庸。周公之孫,荘公之子,竜旂承祀,六轡耳耳,春秋匪解,享祀不忒。皇皇后帝,皇祖后稷,
書き下し
閟宮(ひきゅう)は、僖公の能く周公の宇(う)を復するを頌するなり。 閟宮侐(きょく)たる有り、実実枚枚(じつじつばいばい)たり。赫赫(かくかく)たる姜嫄(きょうげん)、其の徳回(たが)わず。上帝是れ依り、災い無く害無し。月を弥(わた)りて遅れず、是れ后稷(こうしょく)を生む。これに百福を降す、黍稷(しょしょく)の重穋(ちょうりく)、稙稺(しょくち)の菽麦(しゅくばく)。奄(おお)いに下国を有し、民をして稼穡(かしょく)せしむ。稷有り黍有り、稲有り秬(きょ)有り。奄いに下土を有し、禹の緒(しょ)を纘(つ)ぐ。 后稷の孫、実に維れ大王(たいおう)。岐(き)の陽(みなみ)に居り、実に始めて商を翦(き)る。文武に至りて、大王の緒を纘ぐ。天の届(きわみ)を致す、牧の野に于(おい)てす。貳(ふたごころ)無く虞(おそれ)無かれ、上帝女(なんじ)に臨む。商の旅(しゅう)を敦(う)ち、克く厥(そ)の功を咸(あまね)くす。王曰く叔父、爾の元子を建て、魯に侯たらしめん。大いに爾の宇を啓(ひら)き、周室の輔(たすけ)と為れ、と。 乃ち魯公に命じ、東に侯たらしめ、これに山川、土田附庸(ふよう)を錫(たま)う。周公の孫、荘公の子、龍旂(りゅうき)もて祀を承け、六轡(りくひ)耳耳(じじ)たり。春秋解(おこた)るに匪ず、享祀忒(たが)わず。皇皇たる后帝、皇祖后稷、
現代語訳
「閟宮」の詩は、魯の僖公が、周公の治めた領土をよく取り戻したことをたたえたものである。 奥深く閉ざされた廟は静まりかえり、堅固で細やかに造られている。輝かしい姜嫄(后稷の母)は、その徳にたがうところがなかった。天帝が彼女に寄り添い、災いもなく害もなかった。月満ちて遅れることなく、后稷を生んだ。天は后稷に多くの福を降し、早生と晩生のきびとあわ、早まきと遅まきの豆と麦を授けた。后稷は大いに下界の国を治め、民に種まきと刈り入れを教えた。あわがあり、きびがあり、稲があり、黒きびがある。大いに下界の地を治め、禹の治水の事業を受け継いだ。 后稷の子孫に、大王(古公亶父)がいた。岐山の南に住み、ここで初めて商(殷)の勢いを削いでいった。文王・武王の代になって、大王の事業を受け継いだ。天の定めた時を迎え、牧野で殷と戦った。「二心を抱くな、恐れるな、天帝がおまえたちに臨んでおられる」と。殷の軍勢を討ち、ことごとくその功を成し遂げた。成王は言われた、「叔父(周公)よ、あなたの長子を立てて、魯の君としよう。大いにあなたの領土を開き、周王室の支えとなれ」と。 そこで魯公(伯禽)に命じて、東方の君とし、山と川、田畑と付属の小国を賜った。周公の孫であり、荘公の子である僖公は、龍の旗を立てて祭りを受け継ぎ、六本の手綱はしなやかに垂れる。春も秋も祭りを怠らず、供えの祀りに誤りはない。偉大なる天帝と、偉大なる祖先后稷に、
解説
この章句が説くこと
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