詩経 / 周頌・閔予小子之什・賚
《賚》,大封於廟也。賚,予也。言所以錫予善人也。 文王既勤止,我應受之。敷時繹思,我徂維求定。時周之命,於繹思。
新字:《賚》,大封於廟也。賚,予也。言所以錫予善人也。 文王既勤止,我応受之。敷時繹思,我徂維求定。時周之命,於繹思。
書き下し
賚(らい)は、廟に大いに封ずるなり。賚は、予(あた)うるなり。善人に錫予(しよ)する所以(ゆえん)を言うなり。 文王既に勤めたり、我応(まさ)にこれを受くべし。時(こ)の繹思(えきし)を敷(し)き、我徂(ゆ)きて維れ定まらんことを求む。時れ周の命、於(ああ)繹思せよ。
現代語訳
「賚」の詩は、祖先の廟で諸侯や功臣を大いに封じたときの歌である。賚とは、与えることである。善い人に賜り与える理由を言ったものである。 文王はすでに勤め励まれた、われらはまさにその業を受け継ぐべきである。この文王の徳を思い続けて天下に広め、われらは出かけて天下の安定を求めるのだ。これこそ周の天命である、ああ、いつまでも思い続けよ。
解説
武王が殷を討った後、祖先の廟で功臣や諸侯に領地を与えるときに歌われたとされる周頌の短い歌である。毛詩序は、「賚」は与えることで、善人に賜り与える理由を述べた詩だとする。詩は、文王が勤め励んだ業を自分たちが受け継ぎ、その徳を思い続けて天下の安定を求めよう、と呼びかける。「時の繹思を敷き、我徂きて維れ定まらんことを求む」は、『左伝』宣公十二年で楚の荘王が大武の第三章として引いた句である。領地を与えることは、功に報いる褒美であると同時に、文王の業を受け継いで天下を定めるという使命を分かち合うことでもある。報酬とは、単に功への見返りではなく、共に目指すものを託す行為でもある、という見方がここにある。
この章句が説くこと
詩経封建文王左伝周頌
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