詩経 / 周頌・閔予小子之什・桓
《桓》,講武類禡也。桓,武志也。 綏萬邦,屢豐年。天命匪解。桓桓武王,保有厥士。于以四方,克定厥家。於昭于天,皇以間之。
新字:《桓》,講武類禡也。桓,武志也。 綏万邦,屡豊年。天命匪解。桓桓武王,保有厥士。于以四方,克定厥家。於昭于天,皇以間之。
書き下し
桓(かん)は、武を講じて類禡(るいば)するなり。桓は、武の志なり。 万邦を綏(やす)んじ、屢(しばしば)豊年あり。天命解(おこた)るに匪ず。桓桓(かんかん)たる武王、厥(そ)の士を保有す。于(ここ)に以て四方にし、克く厥の家を定む。於(ああ)天に昭(あき)らかなり、皇(おお)いに以てこれに間(かわ)る。
現代語訳
「桓」の詩は、武事を講じて天を祀る類祭と、軍の地で祀る禡祭を行ったときの歌である。桓とは、武の志を言う。 多くの国々を安らかにし、豊かな年がたびたびめぐってくる。天の命は怠ることなく周に下り続けた。威武盛んな武王は、その士たちをよく保ち用いた。こうして四方の国々を治め、よくその家を定めた。ああ、その徳は天に明らかに輝き、天は大いに武王を殷に代わらせたのである。
解説
武王の威武をたたえ、天が殷に代えて周を立てたことを歌う周頌の短い歌である。毛詩序は、武事を講じて類祭(天を祀る)と禡祭(軍の地で祀る)を行うときの詩とし、「桓」とは武の志であると説く。冒頭の「万邦を綏んじ、屢豊年あり」は、『左伝』宣公十二年で楚の荘王が「武」の七つの徳を説く際に、大武の第六章として引いた句である。荘王はそこで、武とは暴を禁じ、兵を収め、大を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和し、財を豊かにすることだと述べた。武王の武が、戦に勝つことではなく、国々を安らげ豊かな年をもたらすことで称えられている点に、この詩の要がある。力の目的は、人々の暮らしを安らかにすることにこそある。
この章句が説くこと
詩経武王左伝豊年周頌
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