詩経 / 周頌・閔予小子之什・酌
《酌》,告成《大武》也。言能酌先祖之道,以養天下也。 於鑠王師,遵養時晦。時純熙矣,是用大介。我龍受之,蹻蹻王之造,載用有嗣,實維爾公允師。
新字:《酌》,告成《大武》也。言能酌先祖之道,以養天下也。 於鑠王師,遵養時晦。時純熙矣,是用大介。我竜受之,蹻蹻王之造,載用有嗣,実維爾公允師。
書き下し
酌(しゃく)は、大武(たいぶ)を告成するなり。言うこころは、能く先祖の道を酌(く)みて、以て天下を養うなり。 於(ああ)鑠(うるわ)しき王師、遵(したが)いて時(こ)の晦(くら)きを養う。時に純(おお)いに熙(あき)らかなり、是を用て大いに介(たす)く。我龍(うやうや)しくこれを受く、蹻蹻(きょうきょう)たる王の造(な)すこと、載(すなわ)ち用て嗣ぐ有り、実に維れ爾(なんじ)の公(こと)允(まこと)に師(のり)なり。
現代語訳
「酌」の詩は、大武の楽舞の完成を告げたときの歌である。先祖の道をよく汲み取って、それによって天下を養ったことを言うのである。 ああ、美しく盛んな王の軍よ。天の道に従って、時の暗いうちは力を養い蓄えた。時が来ると天下は大いに明るくなり、そこで大いに天の助けを得た。われらは恭しくこの天命を受ける。勇ましく盛んな王の成し遂げた事業を、こうして受け継ぐことができる。まことにあなたの事業こそ、まさしく手本である。
解説
武王が殷を討った功業をたたえ、その事業を受け継ぐことを誓う周頌の歌である。題の「酌」は、毛詩序によれば、先祖の道を汲み取って天下を養うという意味であり、大武の楽舞の完成を告げる詩とされる。「遵いて時の晦きを養う」の句は、時が暗いうちは無理に動かず、力を養って時機を待ったことを言うと読まれてきた。そして時が来て天下が明るくなると、天の大いなる助けを得て事を成した。武王の功を、単なる武力の勝利ではなく、時を待って力を蓄えた忍耐の結果として描いているのである。機が熟さないうちは静かに備え、時が来たら一気に動く。この詩の見方は、個人の生き方にも、事業の進め方にも通じる知恵を含んでいる。
この章句が説くこと
詩経武王大武時機周頌
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