詩経 / 周頌・閔予小子之什・小毖
《小毖》,嗣王求助也。 予其懲,而毖後患。莫予荓蜂,自求辛螫。肇允彼桃蟲,拚飛維鳥。未堪家多難,予又集于蓼。
新字:《小毖》,嗣王求助也。 予其懲,而毖後患。莫予荓蜂,自求辛螫。肇允彼桃虫,拚飛維鳥。未堪家多難,予又集于蓼。
書き下し
小毖(しょうひ)は、嗣王、助けを求むるなり。 予(われ)其れ懲(こ)りて、後の患いを毖(つつし)まん。予に荓蜂(へいほう)すること莫(な)かれ、自ら辛螫(しんせき)を求めん。肇(はじ)め彼の桃虫(とうちゅう)を允(まこと)とせしも、拚飛(へんぴ)すれば維れ鳥なり。未だ家の多難に堪えず、予又た蓼(たで)に集(あつ)まる。
現代語訳
「小毖」の詩は、王位を継いだ王が、臣下に助けを求めたときの歌である。 私は過去の過ちに懲りて、後の災いを慎み防ごう。私をけしかけて誤らせることのないように、自分から蜂に刺されるような痛い目を求めるようなことになるのだから。はじめは、あれを小さなみそさざいだと思って侮っていたが、羽ばたいて飛び立てば大きな鳥となった。私はまだ家の多くの難儀に耐えられず、またしても苦い蓼の中に身を置いている。
解説
過去の失敗に懲りて、今後の災いを慎もうと誓う若い王の歌である。伝統的には成王が、叔父たちの反乱(三監の乱)などの難儀を経て、臣下に助けを求めた詩と読まれてきた。はじめ小さなみそさざいだと侮っていたものが、飛び立てば大きな鳥になった、という比喩は、小さな兆しを見過ごしたことが大きな禍になったことへの悔いを表している。蜂に刺される痛み、苦い蓼に身を置く苦しさも、自らの体験として語られる。「予其れ懲りて、後の患いを毖まん」から「懲前毖後」、前の失敗を懲らしめとして後を慎むという成語が生まれた。失敗を隠さず、それを後の用心につなげる。小さな兆しを侮らないことの大切さは、今の組織の危機管理にもそのまま当てはまる。
この章句が説くこと
詩経成王懲前毖後失敗周頌
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