詩経 / 周頌・臣工之什・載見
《載見》,諸侯始見乎武王廟也。 載見辟王,曰求厥章。龍旂陽陽,和鈴央央。鞗革有鶬,休有烈光。率見昭考,以孝以享。以介眉壽,永言保之,思皇多祜。烈文辟公,綏以多福,俾緝熙于純嘏。
新字:《載見》,諸侯始見乎武王廟也。 載見辟王,曰求厥章。竜旂陽陽,和鈴央央。鞗革有鶬,休有烈光。率見昭考,以孝以享。以介眉寿,永言保之,思皇多祜。烈文辟公,綏以多福,俾緝熙于純嘏。
書き下し
載見(さいけん)は、諸侯始めて武王の廟に見(まみ)ゆるなり。 載(はじ)めて辟王(へきおう)に見え、曰(ここ)に厥(そ)の章を求む。龍旂(りゅうき)陽陽たり、和鈴(かれい)央央(おうおう)たり。鞗革(ちょうかく)鶬(そう)たる有り、休(よ)くして烈光有り。率いて昭考(しょうこう)に見え、以て孝し以て享(まつ)る。以て眉寿を介(おお)いにし、永く言(ここ)にこれを保ち、思(ここ)に皇(おお)いに祜(さいわい)多し。烈文なる辟公、綏(やす)んずるに多福を以てし、純嘏(じゅんか)に緝熙(しゅうき)ならしむ。
現代語訳
「載見」の詩は、諸侯が初めて武王の廟に参上したときの歌である。 諸侯は初めて君王にまみえ、その礼の定めを求めた。龍を描いた旗は鮮やかにひるがえり、車の鈴は調子よく鳴り響く。馬の手綱の金具はちりちりと音を立て、美しく輝きを放っている。王は諸侯を率いて亡き父君の廟に参り、孝を尽くし供え物をささげた。こうして長寿を大いに願い、いつまでもこれを保ち、大いなる幸いが多くあるように。功あり徳ある諸侯たちよ、多くの福で安らがせ、大いなる幸いのうちに明るく輝き続けさせたまえ。
解説
諸侯が初めて新しい王にまみえ、そろって武王の廟に参る場面を歌う周頌の詩である。龍の旗がひるがえり、鈴が鳴り、金具が輝く行列の華やかさを描いたのち、王が諸侯を率いて亡き父の廟に孝を尽くし、長寿と幸いを祈る。毛詩序は諸侯が初めて武王の廟に見える詩とし、王は武王を継いだ成王と解されてきた。冒頭の「厥の章を求む」は、諸侯が新しい王のもとでの礼の決まりや制度を求めたことと読まれる。代替わりのときに、臣下が新しい主君のもとに集まり、先代の廟にそろって参ることは、新しい秩序を目に見える形で確かめる儀式であった。新しい体制が始まるとき、まず先代を敬い、礼の決まりを確かめることから始める。その順序は今の組織の代替わりにも示唆を与える。
この章句が説くこと
詩経諸侯武王周頌代替わり
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