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詩経 / 周頌・臣工之什・噫嘻

《噫嘻》,春夏祈穀于上帝也。 噫嘻成王,既昭假爾,率時農夫,播厥百穀。駿發爾私,終三十里。亦服爾耕,十千維耦。

新字:《噫嘻》,春夏祈穀于上帝也。 噫嘻成王,既昭仮爾,率時農夫,播厥百穀。駿発爾私,終三十里。亦服爾耕,十千維耦。

書き下し

噫嘻(いき)は、春夏に穀を上帝に祈るなり。 噫嘻(ああ)成王、既に昭(あき)らかに爾(なんじ)に仮(いた)る。時(こ)の農夫を率いて、厥(そ)の百穀を播(ま)け。駿(すみや)かに爾の私(し)を発(ひら)き、三十里を終えよ。亦爾の耕を服(おこな)い、十千維れ耦(ぐう)せよ。

現代語訳

「噫嘻」の詩は、春と夏に穀物の実りを天帝に祈ったときの歌である。 ああ、成王は、すでに明らかにあなたがたのもとに降り来られた。これらの農夫たちを率いて、さまざまな穀物の種をまけ。すみやかにあなたがたの私田を耕し起こし、三十里の地を耕し終えよ。そしてあなたがたの耕作に励み、一万の人が二人ずつ組になって力を合わせて耕せ。

解説

穀物の実りを祈る祭りで、農夫たちに耕作を促す周頌の短い歌である。成王の名を呼び、その霊が降りたことを告げ、農夫を率いて種をまき、広い田を二人一組で一斉に耕せと命じる。「十千維れ耦す」、一万人が二人ずつ組になって耕すという光景は、周の大規模な共同耕作の様子を伝えるものとして注目されてきた。毛詩序は春夏に穀を上帝に祈る詩とし、冒頭の「成王」を王の名とするかどうかには古くから議論があるが、詩が王朝の祭りと農事を結びつけていることは変わらない。「駿かに爾の私を発き」の「私」は、民に与えられた私田と解される。大勢の人が一斉に田に出て力を合わせる様子は、共同で何かを成し遂げる喜びと、その時機を逃さない大切さを伝えている。

この章句が説くこと

詩経農祈穀周頌成王

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