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詩経 / 小雅・魚藻之什・何草不黄

《何草不黃》,下國刺幽王也。四夷交侵,中國背叛,用兵不息,視民如禽獸。君子憂之,故作是詩也。 何草不黃,何日不行。何人不將,經營四方。 何草不玄,何人不矜。哀我征夫,獨為匪民。 匪兕匪虎,率彼曠野。哀我征夫,朝夕不暇。 有芃者狐,率彼幽草。有棧之車,行彼周道。

新字:《何草不黄》,下国刺幽王也。四夷交侵,中国背叛,用兵不息,視民如禽獣。君子憂之,故作是詩也。 何草不黄,何日不行。何人不将,経営四方。 何草不玄,何人不矜。哀我征夫,独為匪民。 匪兕匪虎,率彼曠野。哀我征夫,朝夕不暇。 有芃者狐,率彼幽草。有棧之車,行彼周道。

書き下し

何草不黄(かそうふこう)は、下国幽王を刺るなり。四夷交(こもごも)侵し、中国背叛し、兵を用いて息まず、民を視ること禽獣の如し。君子これを憂う。故に是の詩を作るなり。 何の草か黄ならざる、何の日か行かざる。何の人か将(ゆ)かざる、四方を経営す。 何の草か玄(くろ)からざる、何の人か矜(かん)ならざる。哀しいかな我が征夫(せいふ)、独り民に匪(あら)ずと為す。 兕(じ)に匪ず虎に匪ず、彼の曠野に率(したが)う。哀しいかな我が征夫、朝夕暇あらず。 芃(ほう)たる狐有り、彼の幽草に率う。棧(さん)たる車有り、彼の周道を行く。

現代語訳

「何草不黄」の詩は、諸侯の国の人々が幽王をそしったものである。四方の異民族がかわるがわる侵入し、国内の諸国も背き、戦が絶えることなく、王は民を鳥や獣のように扱った。君子はこれを憂えて、この詩を作ったのである。 枯れて黄ばまない草があろうか、行軍しない日があろうか。駆り出されない者があろうか、四方を駆けずり回っている。 黒く枯れしぼまない草があろうか、妻と離れて独り身でない者があろうか。哀れなるかな、われら出征の兵よ、われらだけが人として扱われない。 野牛でもない、虎でもないのに、あの荒野をさまよい歩く。哀れなるかな、われら出征の兵よ、朝も夕も休む暇がない。 尾のふさふさとした狐が、あの深い草むらをうろつく。箱のような荷車が、あの大道をがらがらと行く。

解説

果てしない行軍に疲れ果てた兵士の嘆きである。枯れない草がないように、駆り出されない人はいない。妻と離れて独りでない者はなく、われら兵士だけが人として扱われない、と訴える。野牛でも虎でもないのに荒野をさまよう、という句は、『史記』孔子世家で、陳と蔡の間で困窮した孔子が弟子たちに「吾が道非なるか、吾何為れぞ此に於いてする」と問いかけたときに引かれたことで知られる。毛詩序は、四夷が侵入して国内も背き、戦が止まず、民を禽獣のように扱った幽王の世をそしる詩と読み、朱熹『詩集伝』も、周室の衰えと兵役の苦しみを歌った詩と見ている。この篇は小雅の最後に置かれ、衰えゆく西周の姿を映して小雅を閉じる。人を人として扱わない組織は、たとえ目の前の仕事を回せても、やがて根から枯れていくのである。

この章句が説くこと

詩経兵役孔子荒野幽王

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