詩経 / 小雅・魚藻之什・苕之華
《苕之華》,大夫閔時也。幽王之時,西戎東夷交侵中國,師旅並起,因之以饑饉。君子閔周室之將亡,傷己逢之,故作是詩也。 苕之華,芸其黃矣。心之憂矣,維其傷矣! 苕之華,其葉青青。知我如此,不如無生! 牂羊墳首,三星在罶。人可以食,鮮可以飽!
新字:《苕之華》,大夫閔時也。幽王之時,西戎東夷交侵中国,師旅並起,因之以饑饉。君子閔周室之将亡,傷己逢之,故作是詩也。 苕之華,芸其黄矣。心之憂矣,維其傷矣! 苕之華,其葉青青。知我如此,不如無生! 牂羊墳首,三星在罶。人可以食,鮮可以飽!
書き下し
苕之華(ちょうのか)は、大夫時を閔(うれ)うるなり。幽王の時、西戎東夷交(こもごも)中国を侵し、師旅並び起こり、これに因りて饑饉を以てす。君子周室の将に亡びんとするを閔え、己のこれに逢うを傷む。故に是の詩を作るなり。 苕(ちょう)の華、芸(うん)として其れ黄なり。心の憂うる、維(こ)れ其れ傷む。 苕の華、其の葉青青たり。我を知ること此くの如くならば、生まるる無きに如かず。 牂羊(そうよう)首を墳(おお)きくし、三星罶(りゅう)に在り。人以て食らう可きも、以て飽く可きは鮮(すくな)し。
現代語訳
「苕之華」の詩は、大夫が時世を憂えたものである。幽王の時代、西戎と東夷がかわるがわる中原を侵し、軍が次々に起こされ、そのうえ飢饉にまで見舞われた。君子は周王室が今にも滅びようとしているのを憂え、自分がその時に巡り合わせたことを悲しんだ。そこでこの詩を作ったのである。 のうぜんかずらの花が、黄色く色あせている。心の憂いは、なんと痛ましいことか。 のうぜんかずらの花は散り、葉ばかりが青々と茂る。わが身がこうなると分かっていたなら、いっそ生まれてこなければよかった。 痩せ細った雌羊は頭ばかりが大きく見え、空っぽの魚籠(びく)には星の光が映るばかり。人は何かを口にすることはできても、腹いっぱい食べられる者はほとんどいない。
解説
この章句が説くこと
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