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詩経 / 小雅・魚藻之什・隰桑

《隰桑》,刺幽王也。小人在位,君子在野,思見君子,盡心以事之。 隰桑有阿,其葉有難。既見君子,其樂如何! 隰桑有阿,其葉有沃。既見君子,云何不樂! 隰桑有阿,其葉有幽。既見君子,德音孔膠。 心乎愛矣,遐不謂矣?中心藏之,何日忘之?

新字:《隰桑》,刺幽王也。小人在位,君子在野,思見君子,尽心以事之。 隰桑有阿,其葉有難。既見君子,其楽如何! 隰桑有阿,其葉有沃。既見君子,云何不楽! 隰桑有阿,其葉有幽。既見君子,徳音孔膠。 心乎愛矣,遐不謂矣?中心蔵之,何日忘之?

書き下し

隰桑(しゅうそう)は、幽王を刺るなり。小人位に在り、君子野に在り、君子を見て、心を尽くして以てこれに事(つか)えんことを思う。 隰(さわ)の桑阿(あ)たる有り、其の葉難(だ)たる有り。既に君子を見れば、其の楽しみ如何(いかん)。 隰の桑阿たる有り、其の葉沃(よく)たる有り。既に君子を見れば、云何(いかん)ぞ楽しまざらん。 隰の桑阿たる有り、其の葉幽(ゆう)たる有り。既に君子を見れば、徳音孔(はなは)だ膠(かた)し。 心に愛す、遐(なん)ぞ謂わざらん。中心にこれを蔵す、何れの日にかこれを忘れん。

現代語訳

「隰桑」の詩は、幽王をそしったものである。つまらぬ者が位にあり、君子は野に退いている。人々は君子に会って、心を尽くしてその人に仕えたいと願ったのである。 湿地の桑はしなやかに枝を垂れ、その葉はふさふさと茂る。君子にお会いできたなら、その楽しさはどれほどだろう。 湿地の桑はしなやかに枝を垂れ、その葉はつやつやと潤う。君子にお会いできたなら、どうして楽しまずにいられよう。 湿地の桑はしなやかに枝を垂れ、その葉は濃く色づく。君子にお会いできたなら、その立派な言葉は固く心に結ばれる。 心の底から慕っている、どうして口に出して言わずにいられよう。胸の奥深くにしまっておこう、いつの日にこれを忘れることがあろうか。

解説

湿地に枝を垂れる桑の青々とした葉を歌い起こし、慕う人に会えた喜びを重ねる詩である。三章まで「既に君子を見れば」と喜びを繰り返したあと、終章で一転し、心から慕っているのに言葉にせず、胸の奥にしまっていつまでも忘れない、と結ぶ。この終章は古くから愛され、『礼記』表記篇にも引かれている。毛詩序は、小人が位にあり君子が野に退いた幽王の世に、人々が賢者に会って心を尽くして仕えたいと願った詩と読み、君子を在野の賢人とした。朱熹『詩集伝』は、君子に会えた喜びの詩と読み、恋の歌として読む余地も残している。賢者を慕う歌とも恋の歌とも読めるのは、敬慕と恋慕がもともと近い感情だからだろう。口に出さずに大切にしまっておく思いこそ深い、という感覚は、今の読み手にもよく通じる。

この章句が説くこと

詩経敬慕恋君子桑

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