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詩経 / 大雅・生民之什・泂酌

《泂酌》,召康公戒成王也。言皇天親有德、饗有道也。 泂酌彼行潦,挹彼注茲,可以餴饎。豈弟君子,民之父母。 泂酌彼行潦,挹彼注茲,可以濯罍。豈弟君子,民之攸歸。 泂酌彼行潦,挹彼注茲,可以濯溉。豈弟君子,民之攸塈。

新字:《泂酌》,召康公戒成王也。言皇天親有徳、饗有道也。 泂酌彼行潦,挹彼注茲,可以餴饎。豈弟君子,民之父母。 泂酌彼行潦,挹彼注茲,可以濯罍。豈弟君子,民之攸帰。 泂酌彼行潦,挹彼注茲,可以濯溉。豈弟君子,民之攸塈。

書き下し

泂酌(けいしゃく)は、召康公成王を戒むるなり。皇天は有徳を親しみ、有道に饗(う)くるを言うなり。 泂(はる)かに彼の行潦(こうろう)を酌み、彼に挹(く)みて茲(ここ)に注げば、以て餴饎(ふんし)すべし。豈弟(がいてい)の君子は、民の父母。 泂かに彼の行潦を酌み、彼に挹みて茲に注げば、以て罍(らい)を濯(あら)うべし。豈弟の君子は、民の帰する攸(ところ)。 泂かに彼の行潦を酌み、彼に挹みて茲に注げば、以て溉(がい)を濯うべし。豈弟の君子は、民の塈(いこ)う攸。

現代語訳

「泂酌」の詩は、召康公が成王を戒めたものである。大いなる天は徳ある者に親しみ、道ある者の供え物を受け入れる、ということを述べている。 遠くまで行って道のたまり水を酌み、あちらで汲んでこちらに注げば、それで飯を蒸して炊くことができる。和やかで慈しみ深い君子は、民の父母である。 遠くまで行って道のたまり水を酌み、あちらで汲んでこちらに注げば、それで酒樽(罍)を洗うことができる。和やかで慈しみ深い君子は、民が身を寄せるところである。 遠くまで行って道のたまり水を酌み、あちらで汲んでこちらに注げば、それで祭りの器を洗い清めることができる。和やかで慈しみ深い君子は、民が安らぐところである。

解説

道ばたのたまり水のような粗末な水でも、遠くまで汲みに行き、器に移して澄ませれば、飯を炊き、酒樽や祭器を洗うのに使える。そう歌い起こしたうえで、和やかで慈しみ深い君子こそ民の父母である、と結ぶ短い詩である。毛詩序はこれを召康公が成王を戒めた詩とし、天は供え物の豪華さではなく、供える者の徳に親しむのだと読んだ。たまり水でも誠があれば神は受けるという考えは、『左伝』隠公三年に「潢汙行潦(こうおこうろう)の水も、鬼神に薦むべし」とあるのと通じ合う。「豈弟の君子は、民の父母」の句は『礼記』孔子閒居で取り上げられ、子夏がこれを挙げて、どうすれば民の父母と言えるのかを孔子に問うている。飾りよりも心、形よりも慈しみ。人の上に立つ者の値打ちは、手元にある限られたものをどう用いるかに表れるのである。

この章句が説くこと

詩経君子民の父母祭祀召公

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