詩経 / 小雅・魚藻之什・采緑
《采綠》,刺怨曠也。幽王之時,多怨曠者也。 終朝采綠,不盈一匊。予髮曲局,薄言歸沐。 終朝采藍,不盈一襜。五日為期,六日不詹。 之子于狩,言韔其弓。之子于釣,言綸之繩。 其釣維何?維魴及鱮。維魴及鱮,薄言觀者。
新字:《采緑》,刺怨曠也。幽王之時,多怨曠者也。 終朝采緑,不盈一匊。予髪曲局,薄言帰沐。 終朝采藍,不盈一襜。五日為期,六日不詹。 之子于狩,言韔其弓。之子于釣,言綸之縄。 其釣維何?維魴及鱮。維魴及鱮,薄言観者。
書き下し
采緑(さいりょく)は、怨曠(えんこう)を刺るなり。幽王の時、怨曠の者多きなり。 終朝(しゅうちょう)緑(かりやす)を采れども、一匊(いっきく)に盈(み)たず。予(わ)が髪曲局(きょくきょく)す、薄(いささ)か言(ここ)に帰りて沐(もく)せん。 終朝藍を采れども、一襜(いっせん)に盈たず。五日を期と為すに、六日にして詹(み)えず。 之(こ)の子狩りに于(ゆ)かば、言に其の弓を韔(ちょう)せん。之の子釣りに于かば、言にこれが縄を綸(よ)らん。 其の釣るは維(こ)れ何ぞ、維れ魴(ほう)及び鱮(しょ)。維れ魴及び鱮、薄か言に観る者あり。
現代語訳
「采緑」の詩は、夫婦が離れ離れになって怨む者が多いことをそしったものである。幽王の時代には、夫と別れて暮らし怨む女、妻と別れて暮らす男が多かったのである。 朝のうちずっとかりやすを摘んでも、両手いっぱいにもならない。私の髪はすっかり乱れてしまった、ひとまず帰って髪を洗おう。 朝のうちずっと藍を摘んでも、前掛けいっぱいにもならない。五日で帰ると約束したのに、六日たっても姿が見えない。 あの人が狩りに行くなら、私がその弓を袋に収めてあげよう。あの人が釣りに行くなら、私がその釣り糸をより合わせてあげよう。 あの人が釣るのは何だろう、おしきうおにたなご。おしきうおにたなご、たくさん釣れて、ほれぼれと見とれることだろう。
解説
この章句が説くこと
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